更新日:2026/10/13

アルゼンチン・ウシュアイア編〜Peace on the Boat trip〜

ビースボートの船旅であちこち迷走したHinataの旅物語、「Peace on the Boat trip」。 笑いありハプニングあり、ちょっと不思議でほんわか緩まるHinataワールドへようこそ。   最初から読む ひとつ前の記事を読む

静けさに満ちた世界・感性が広がっていく最果ての地

 

船はウシュアイアに到着した。冷んやりとした空気に体がキリリと引き締まる。前回までの寄港地と違ったいきなりの寒さに少し戸惑いつつも、コートを片手に持ちながら街へとゆっくり歩き出してみる。

 

ウシュアイアの透明な空気感。時間が経つにつれ寒さは肌に心地よく馴染み、頭の中もクリアに洗練されていく。凛とした風景を前にすると、自然と呼吸も深くなっていくようだ。正面に広がる山並みには真っ白な雪が名残惜しく残り、南極に近い土地の夏景色を垣間見せている。同じアルゼンチンでもウシュアイアは冷んやりと過ごしやすく、ブエノスアイレスからここに避暑地としてやって来る人もいるそうだ。

 

港からタクシーに乗り、山腹にある汽車の駅に向かった。街からどんどんと離れて山道を車で進んで行く過程で、結構山深く入ってきたけど道を間違っていない?と思った頃に、その小さな駅はひょっこりと顔をのぞかせた。

 

「ようこそ、最果て号へ!」発車時刻ギリギリに飛び込んだ私たちを笑顔で送り出してくれた駅員さん。こうしてたくさんの人をいつも送り出しているのだろうか。少し小走りに、私たちは空いている車両を探して飛び乗った。南に向かって出発、さぁ最果ての地へと続く旅の始まりだ。

 

狭い車内は世界各国からの観光客で賑わっている。飛び交う言葉も様々で面白い。試しに話しかけたけど言葉が全く理解できなかったよ。一体何語だったんだろう、とにかく初めて聞くような言葉で驚いた。きっと世界各地からこの地に集まってきてるんだね、「最果ての地」…誰もが想像力を掻き立てられるそのキーワードに引き寄せられるかのように。

 

車窓から流れ行く風景を興味深く眺めていると、植物の種類が今まで寄った寄港地とかなり違うのに気づく。針葉樹らしき細長くヒョロリとした木々の森は、この土地の繊細さと、厳しい寒さの時期が時に訪れることを伺わせている。

 

ひとつ目の駅に停車した。そこにあるのはただただ広大な景色のみ、なにひとつ建物もない。駅のすぐ横に可愛らしい小川が流れていたよ。冷たい水に指先を浸す…この水は森の向こうに見える山の雪が溶けて浸透し、長い時間をかけてここまで流れてきている旅の水なんだと思うと感慨深いものがある。

 

ふと目の前を見ると、一人旅だろうか…おじさんが木の柵にもたれて立っていた。あまりにこの景色にぴったり溶け込んでいるその立ち姿から、彼がとてもリラックスしているのが感じられる。日常から遠く離れたひと時。ひとりになって心巡らす時間もまた素敵だよね。

 

汽車はとても小柄で、蒸気はふわふわと優しく揺れている。駅は二駅しかないけど一駅づつがそれなりに距離があり、山や川や草原を超えてどこまでもシュッポッポッと走っていく。少ない車両にキュッとたくさんの人が乗り込んで、肩を近くに触れ合わせるような様子は何だか愛おしい光景だ。カメラを片手に誰もがこの景色を楽しんでいる。

大地からの素敵なギフト

 

美味しいものを食べながら旅できる食堂車両があるのを発見。サンドイッチに大粒のオリーブ、ミニシャンパンボトルなども付いていて、更に旅感を深めながら車窓の旅を楽しめるようだ。

 

汽車は速すぎず遅すぎず、快適な早さを保って走り続けている。ともすると、目の前に水源地帯が広がった。向こう岸にはたくさんの流木が横たわっていて、時の記憶を漂わせている。冬の頃、雪に覆われた木々たちがその役目を終えて、春の雪解けと共にここまで流れたどり着いたのだろう。

 

開いた窓の外から流れ込んでくる、雨で少し湿気の混じった空気は、土の匂いをほんのりと車内まで届けてくれている。ファインダーを覗くと、レンズに小さな雨粒がポツリと円を描いた。

 

雨を従えて山はうっすら白く姿をほのめかし、色濃い緑はしっとりと濡れながら雨をその体全体に吸い込ませている。大地の水を含んだ少し重量ある空気は、喉を通って私たちの中にもやってくる。この呼吸感。雨の日にしか味わえない、大地からのちょっとしたギフトだね。

 

山並みは続き、果てしなく何もない大地が通り過ぎてゆく。何もないんじゃなくて、ホントは全てがある…その大地に必要なものが。ここから私たちの暮らす社会を見たときに、どれだけのものが生きるために必要なものとして選び取れるのだろうか。

 

汽車は走り続ける。広大な大地に点々と歩く馬たち。次第に汽車はゆっくりとスピードを落とし始め、木が並々と連なる林を抜けてやがて終着駅へと到着した。ここで汽車は、方向を変えて元来た駅へと引き返し戻っていくようだ。

 

私たちは国立公園内を歩きはじめた。道は車も通れるように整備されていて意外と歩きやすくなっている。さて、どんな道のりとなるんだろう。

 

所々に、森の中へと誘う看板と小道がある。この近辺だけを散策したい人はここをのんびりと楽しむのもありだ。私たちはひたすら奥の地へと向かう。そこには広がる湖と美しい雪を纏ったウシュアイアの山並み、そして美味しいレストランが待っているという。

 

時間をかけてゆっくりと道を歩く途中で、巨大なオブジェのような根っこを見かけたよ。枯れたその根の上には草や苔がささやかに色を添えていて、生と死の間にあるやり取りの、境目のなさを物語っていたんだ。そうやって気が遠くなるほどの時間の流れの中で、静かにいのちは入れ替わっていくんだね。

 

ちょっとだけ探検してみようと、駅から続く広い道を外れて狭いけもの道にはいってみる。少しあやふやな道だけど、確かに誰かが歩いている跡が細い道になっていた。誰もいないはずの奥の草むらにふと、気配を感じて耳をすます。何かがこちらに向かって近づいてくるようだ。ジッと見ていると、長く伸びきった草むらの奥からスッと小さな顔が覗いた。

野生に戻るその瞬間

 

明るい茶色の毛並みが美しい、馬。ふと、こちらに気づいてハッとその足を止めた。警戒しながらも馬と私たちがじっと見つめ合う時間は、突然出会った野生同士のピンとした緊張感があった。

 

そっと馬から離れて、周辺の散策を再開する。小道にはまた小道の世界があって、植物の様子も違っているんだ。小ぶりの葉をつけ丸く密集して生息している植物たち。休憩しようと座り込むと小さなぼんぼりのような植物が地面にいた。広すぎるほどに広い大地にはまた、当たり前のように小さなミクロの世界もある。

 

まるで寒さから身を守る体毛のように、細い繊維のようなものが木を覆って生えている姿をあちこちで見かける。寒いウシュアイアでは植物も自分で暖かくして生き長らえているんだね。

 

小道から出て少し歩くと、急に視界が開けてレストランの看板が現れた。思えばずっと長い間歩きっぱなしだ。喉も渇いていたのでまるでオアシスを見つけたような嬉しさだったよ。

 

レストランに向かう道すがら、横目に見える山のなだらかなラインが美しい。静けさに満ちた世界…水鳥が3羽、湖に波紋を描きながらゆっくりと歩いている。

 

レストランに入ると、ショーケースの中に種類豊富なキッシュ、具沢山のスープ、チキンやケーキなどがバイキング形式に並べられていた。目の前にあった野菜のキッシュと牛肉と豆の具沢山シチュー、そしてハニービールをオーダーしてみた。料理の味はというと、かなり美味しい。ただ、量がすごいので何かをひとつ注文するだけで充分足りるかな。お腹もいっぱいになって、街に帰ることにした私たち。

 

車に乗って揺られていたら不意に車が止まった。何かあったのかと思ったら、すぐ近くの野原で野生のキツネが体を休めていたんだ。全然逃げる様子もなくって慣れてる感じだったよ。その子はまるでひなたぼっこをしてるように、そこで座って両腕を付きくつろいでいた。いつものお気に入りの場所なのかな?それともたまに通る車を眺めては、さっきの駅員さんみたいに「ようこそ」って迎えてくれているんだろうか。心の中で「お招きありがとう」と囁いてみる。

思いがけないことが不意に

 

ようやく到着したウシュアイアの街はこじんまりとして可愛いかった。ここは山も海も近くて、穏やかな何かに守られているような気がするんだ。雪の国なんだけど険しさをあまり感じなくて、ふわりと優しい雰囲気。

 

寒々しい場所なはずなんだけど心地いい。不思議な場所だなぁってぼんやりと思いながら街を歩いてたら、ゆっくりと雲がきれて晴れ間が見え始めて、そしたら。見上げると空には大きなアーチ型の虹が…うわあって驚いて、ひとときそこで立ち止まったまま眺ていたんだ。薄っすらと虹の上にもうひとつ。ダブルレインボーがウシュアイアの空を明るく彩っていた。

 

そんなお出迎えに癒されてまた足取りかるく歩き始め、ウシュアイアの街をあちこちと散策していく。美味しそうなチョコレートや、アーティスティックなマテ茶のストロー、最果ての国グッズに至るまで様々なお土産物がわんさかあるこの並びは、どうやらメインストリートのようだ。

 

港の近くまで戻って行くと、ハンドメイドショップが並ぶ小さなマーケットに迷い込んだ。そこは観光のお店からはなれた所にあるコミュニティーのような空間で、店先には手づくりアクセサリーが並んでいて何とも個性豊か。

 

その隣の広場でイベントが行われていた。ここはどうやら地元民だらけのようで、小さな子供がそこら中を走り回っている。ステージに立って身振り大きく歌いあげるおじいさん。歌もギターも情熱的で美しく、しみじみと聞き惚れてしまう。この素敵なおじいさん達は伝統曲以外に、ウシュアイアの曲を自作したものも歌っていたんだ。自分の国をとても愛しているんだろうね、彼の表情からそれが伝わってくる。

 

夜遅くまでステージは続き、私たちは寒い中ホットワインをご馳走になりながら、心温まる「ウシュアイア感」をじんわりと堪能したんだ。

 

出航の朝。船のデッキからウシュアイアを見渡す。晴れわたる空に、純白の雪混じりの山並みが遠くまで照らされている。透明感のある空気が美味しい。ここに到着してからずっとそれを吸い続けていたからか、体の中はスッキリしていて新しい何かと入れ替わった気分だ。

 

出発の時間が来て、船はゆっくりと港をはなれていった。風はどこまでも透き通っていて、空は青く、緑は深く、雪は光るように白い。頭の上ではカモメたちが一斉にとんで私たちを見送ってくれている。船の最上階のデッキから見渡せる山々、穏やかに静かなる自然。ウシュアイアの大地から、こんなにも満たされている自分を感じる。

 

空高く昇っていった太陽が、海面に光を投げ込んで反射させている。街はもう、光の向こうがわに消えてしまって何も見えない。何だか離れがたくて船の最後尾へまわり込む。

 

カシャリ。最後に一度だけシャッターを切る。ファインダーから目を外し、遠ざかる美しい山並みをいつまでも眺めていたんだ。

PHOTO GALLELY

「PHOTO GALLELY」

車内はほんわかとした雰囲気

 

旅の水はどこかへ向かい流れ続ける

 

店先にいる可愛い看板娘たち

 

最果てにある小さな駅

 

寄生植物なのだろうか不思議

 

地面近くの小さな世界

 

一度泊まってみたい街中のホステル

 

イベント会場ではしゃぐ子供たち

   

(取材・文・写真/Hinata)

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