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ビースボートの船旅であちこち迷走したHinataの旅物語、「Peace on the Boat trip」。 笑いありハプニングあり、ちょっと不思議でほんわか緩まるHinataワールドへようこそ。 最初から読む ひとつ前の記事を読む
最後の寄港地ハワイを出発して、船はこの旅の最終地点となる横浜に帰り着こうとしていた。青い海を眺めながらいままでの長い旅を振り返ると、世界一周スタート地点の横浜を出発してから初めて着いた港は、実は沖縄だったということを改めて思い出す。

この世界一周クルーズに乗る直前まで連続して12年間、私は沖縄という小さな島で過ごしていた。
自然豊かなジャングルアイランドの西表島に住み、野生的で快活な仲間たちと生活を思いっきり楽しんでいた時もあれば、本島の宜野湾で都会的な仕事に身を包み、普天間基地とスピリチュアルな聖地の交差する場所で暮らしていた時もある。
思い出すとどんな時でも常にそばにあったのは、揺れる緑に差し込む強い太陽の光と、コバルトブルーの水面に白い波が浮かぶ、沖縄の美しい海。

朝、目が覚めて窓を開けると、すぐ近くの田芋畑から微かに土と葉っぱの匂いを含んだ風が、ふわりと部屋に流れ込んでくる。遠く広がるコバルトブルーの海も限りなく穏やかだ。お湯を沸かしているあいだ鳥たちの会話を聞きながら、椅子に座ってぼんやりと珈琲豆を引きお湯を沸かす。
珈琲の芳醇な香りに包まれ、心地よい音楽を小さく流してそっとベランダに出る。海が見えるちょうどいい高さの椅子に座って少し熱めの珈琲を飲みながら、一日の始まりを感じてたんだ。
世界を見て、沖縄を知る

今思えば、沖縄での日々は自然がいつもすぐそこにあった。なんて贅沢な時間だったんだろう。そんな大切なものをそっと箱にしまって、沖縄の地を後にしてすぐこの船に乗り込んだ。旅立つ場所は、世界。ここよりも遥かに大きく想像のつかないその空間に身を投げ出すことは、ある意味今までの時間の終わりを意味し、もうひとつの未来への始まりを意味することでもあった。
2016年、私はその半分近くの月日を海の上に浮かんで過ごしていた。PEACE BOATでの世界一周の旅。3ヶ月半の船旅を別ルートで2ラウンド、南回りとヨーロッパ回りで合計39カ国の国々を一気に回ったんだ。

世界はいろんな色で溢れていたし、光を強く感じる場所もあれば闇のような重たい空間もあった。音は流れたり跳ねたり自由にその形を変えて存在し、世界のどこにいてもそのリズムが止むことはなかった。
素晴らしい風景や精神性の高い人々、誇り高い文化が色褪せぬままにあちこちに見られた。たった一日の観光でもそんなものたちを感じ取れるくらいだから、短い滞在時間で逆に良かったと思えるくらいだ。だって、長く滞在してしまったらきっと、もう帰りたくないって心から思ってしまうんじゃないかな…それほどに世界はバラエティに富んでいて、楽しくてとても刺激的なんだ。
そんな旅をしながらふと、思ったことがある。「沖縄ってなんて素晴らしいんだろう」って。

それは単に美しい海や山、その景色のことだけじゃなくてさ。何のことかって言うと沖縄という場所には、強くて揺るぎない精神性や根の深い文化、人々のアイデンティティー、人が人らしく生きる為に本当に必要なものが揃っているんだ。
精神性の高い文化と生き方
西表島に住んでいた時は地元の色んな人たちに、海やら川やらジャングルやら、あちこち連れて行ってもらっては遊んでいた。大体は獲物捕りが多く、貝や魚や海藻や、時にはイノシシなんかも。自然からのダイレクトな恵みをいただき暮らす日々。
植物を集めてはカゴなどの民芸品の作り方を教えてもらったり、誰もが惜しみなく自分たちの持っている知識や技術を、当たり前のように分け与えてくれるそんな世界だったんだ。

中でも祭りごとはホントに重要とされていて、自然やご先祖様に対して感謝する行事がしっかりと執り行われていた。「祭りがあって、生活があるんだよ」ってオジーが言った言葉が今でも忘れられない。形が残っているだけではなく、深く内容が伴っている本物の「祭り」。感謝あっての日々の生活、そんな「いのち」を与えてくれているものたちにしっかりと想いを示すことの大切さ。
だけど沖縄には知っての通り、たくさんの光もあれば、抱えている闇もある。
沖縄本島に住んで実感したことは、生活の範囲内にたくさんの米兵たちが住んでいるということ。街中で私服で遊んでいる彼らの姿が常にある、彼らは沖縄が好きでとてもフレンドリーだ。沖縄の人も基地で働いている人はたくさんいるし、経済的にも基地を必要としている人があちこちにいるというのが今の実状。

目に見えにくい隠された世界
米軍の基地は生活に直接的な脅威を与えることはないかのように、一般の出入りが自由なフリーマーケットやフェスティバルがあったりして、どこか楽しい場所のような雰囲気さえ醸し出している。生まれた時からその中で暮らしていた若者たちにとって、基地の本当の意味を知らされた時にそれらを客観視することは、ある意味難しいことなのかもしれない。そして実際のところ、学校でもその問題に触れようとしない傾向にあるというんだ。
もちろん基地は、沖縄の生活を脅かしている。耳をつんざくような戦闘機の騒音に観光客が唖然としても、頻繁に発生する小さな事件の数々が内地まで届くことはなく、治外法権状態の「基地の中の沖縄」でそれらは闇となり隠れている。だけど沖縄では昔からよく起こっているような問題に対して、「基地があるから起こること」と解釈するにも、日常化して薄まってしまっている状況も否めない。

かと言って、沖縄の人たちがそれらに対して声を挙げていないかといえばNOだ。なぜなら知事選などでも結果が出ているし、辺野古や高江での毎日の出来事、全国ニュースには報道されない様々な平和アクションや決起大会もある。
彼らが何もやっていないのではなく、彼らのことが私たちに見えにくくなっているだけなんだ。相当目を凝らして沖縄で起こっていることを知ろうとしない限り、そして沖縄に住むなどしてそういう場面に出向いて行かない限り、沖縄の人たちの真の行動を知ることはできないだろうって思う。
沖縄の持つ大きな可能性って…?

ただ、暮らしてみて感じたのは…生活の中で深く関わったりしているものに、表立って反対を唱えるのは本当に難しい。友だちが基地の人と結婚していたり、仲がいいお隣さんが基地で働いていることもある。基地が沖縄の大半を占めているという事実は、それだけたくさんの沖縄の人が基地に関わっているということなんだ。
だから基地を「表立って」全否定するのは、色んな共同体から自分が孤立したり、友だちや仲間の生活や生き方を結果的に否定してしまうことでもある。それって何だか悲しいよね。大切なのは、対立すべきはその二者ではないってこと。だから沖縄の人たちは、普段から表立って意思を表わそうとしない所がある。そしてそれは彼らの持つ知恵でもあるんだ。

経済的な側面から見ると、基地以外の働き口を作るという方法がある。だけどどうやらそんなに単純な問題でもないらしい。米軍基地は、日本とアメリカの政治的な関わりから存在している。長く住むとチラチラと見えてくる現状、米軍基地の問題は思っている以上に複雑なんだろうと思う。
ただ、「基地があるのは仕方ない」ではなく、もちろん変化していく必要があると思う。そしてそのやり方を、もしかしたら柔軟な頭と全く新たなる発想で始めることができるのが「沖縄」という存在なのかも知れない。だからその起爆剤が沖縄に投入されて今、この状況で大きく揺さぶられている…どこかそんな気がしてならないんだ。
もし沖縄が変わることができたら、世界をリードしていけるほどに凄い場所になるんじゃないかな。それだけの要素を持っているんだ。だけど、それって一体どういうことなんだろう。
後編へ続く…
(取材・文・写真/Hinata)
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2029年12月出航
第126回クルーズ
ピースボート地球一周の船旅 2027年4月 Voyage126
春に出航し、アジアから地中海、ヨーロッパ、北中米へとめぐる全108日間の世界一周クルーズ。ヨルダンやサントリーニ島、ロンドン、バンクーバーなど多彩な港を訪れ、ソグネフィヨルドやアラスカフィヨルドでは大自然の絶景を満喫します。旅行のベストシーズンといわれる初夏には、地中海から北欧まで数々の世界遺産と出会う航路へ。季節が織りなす風景とともに、まだ見ぬ世界を体感する船の旅です。
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