更新日:2026/10/13

アメリカ・ニューヨーク 後編〜Peace on the Boat trip〜

ースボートの船旅であちこち迷走したHinataの旅物語、「Peace on the Boat trip」。 笑いありハプニングあり、ちょっと不思議でほんわか緩まるHinataワールドへようこそ。   最初から読む ひとつ前の記事を読む

ローブの下に隠れた足枷・いつか歩き出す日を夢見て…

前編はこちらから…

 

 

それにしてもネットが繋がらない。コーヒーとネットが目的でお店に入ってみたものの、ここでも前の店と同様に繋がらないまんまだ。

 

友人と連絡がつかなくて困り果て、ボーッとしながら注文したカプチーノをカウンターで受け取っていると、隣に立っていた黒人のおじさんとパタリと目があった。優しそうなその雰囲気に思わずニッコリ微笑むと「日本人?どこから来たの?」と声をかけてきてくれたんだ。

 

 

話してみると、私の地元「神戸」に仕事の取引先があるって言うから驚いた。そのおじさんは天然石を扱っていて、南アフリカのケープタウンから石を持ってきているんだって。ケープタウンに行ったことあるよって言うと嬉しそうな顔になって、おじさんはその時持っていた袋から石をたくさん取り出して見せてくれた。

 

「このブレスレットをあげるよ」タイガーアイの石の玉が連なったブレスレットを、私と友人にひとつづつプレゼントしてくれたんだ。そして、明日自分の街を案内してあげると言ってくれてさ。

 

だけどおじさんの街ってのは、どうやら「ハーレム」のことで。ハーレムって、ニューヨークの有名なスラム街だよね。気軽な雰囲気で提案された誘いに「じゃあ明日ね」と軽く返事してみたものの、後でもう一度じっくり考えてから行くかどうか決めることにした。だってさ。お誘いは本当に嬉しいんだけど、気軽にじゃあ行くよって簡単に言える場所でもないのが実状だ。

 

 

おじさんはホントにいい人そうだけど、そこには色んな状況の人が住んでいる。スラムという場所…他の土地に遊びに行くのとはちょっと意味合いが違う。濃厚に人生と向き合って人々が暮らしているような場所に、私たちのような観光客が気軽に迎え入れてもらえるとは思えないし、どんな場所にせよ女ふたりで会ったばかりの男性の家についていくのは余りに軽薄すぎるよね。

 

体験や検証ツアーに参加するのとも訳が違うし、今は個人旅行でもないから責任もある、ここは慎重に…おじさんの名刺を受け取って、自分のメールアドレスを伝えて笑顔で手を振り、公演時間ギリギリになったミュージカルの会場へ向かって店を走り出た。

 

生演奏JAZZとセクシーダンスのせめぎ合い!

 

「シカゴ」は、日本でも名が知れたミュージカルだ。ニューヨークでも人気があるらしく、すでに劇場前に行列ができている。ようやく会場に入ると2階席に案内された私たち。見下ろしたその正面のステージには、四角い箱を横斜めに切り取ったようなボックス型の演奏席があった。

 

 

比較的こじんまりした会場内の三分の一ほどはそのステージでしめられていて、まるでステージにお邪魔するかのような境目のない雰囲気にワクワクする。

 

オーケストラの男性たちは楽器を持ってすでにスタンバイしている。私たちはざわめく会場の狭い通路に足を踏み入れ、ぎゅうっと詰まって座る人をかき分け座席に座り一息ついた。

 

狭いが故に臨場感あふれる劇場の、その昔からのものであろう気配にじっと浸ってみる。目をつぶったまま意識がどこかに誘われそうになった頃、まぶたの向こうにある現実世界も闇へとフェイドアウトした。

 

 

物語は、1920年代のシカゴに始まる。犯罪を犯した主人公の女性が繰り広げるスターへの道。スキャンダラスで波乱に満ちながらも、主人公が彼女自身の人生を謳歌させていくその光と闇を描くストーリーだ。ステージに女たちが立った。ひとりひとりが個性豊かにそこにいる。

 

始まってすぐにオーケストラの生演奏と劇の一体感、まずはそれに衝撃を受けた。ジャジーな演奏に軽快なダンス、そこに言葉がツタのように絡んでいく。音楽ありきなのか、ダンスありきなのか…そのどちらでもなくどちらもがせめぎ合っているかのような、両者が勢いを増していく展開に心は掴まれっぱなしだ。

 

相変わらず言葉は分からないままでも、純粋な現象を見たままに捉えられるから逆に新鮮でいいかもしれない、なんて思いながら視覚と聴覚をステージに集中させる。

 

問われ続けて発熱!?

 

 

気がつくと、2時間半という時間が通り過ぎていた。ザッツエンターテインメント。そんな言葉の意味を実感したのは初めてだ。紛れもないプロ集団を目の当たりにすると、深いため息しか出ないもんだね。感想なんて言葉で言う必要もないよ、もう観るだけでいい。

 

ストーリーはクライマックスを迎えて、人々のスタンディングオベーションを受けた出演者たちは、誇らしげにステージに並んでうやうやしくそのこうべを垂れた。その最後まで全部が完璧な姿に、これがブロードウェイって世界なんだなぁってことを知った夜だった。

 

 

次の日、私は珍しく熱を出していた。ここ最近は気だるさがあったんだけど、油断してたかも。きのう夜眠る前にずっと考えていたことがある。そう、カフェで知り合ったハーレムのおじさんとの約束のことだ。結局どうにもできないままに朝、布団の奥に丸まり込んだ私は、熱にうつらうつらしながらも思考の渦から抜け出せずにいた。

 

ニューヨークのスラム街。ここに昔から住む黒人のおじさんと、平和ランド日本からやって来た私たちとは、同じスラムに立ったとしても明らかに存在の意味が違う。現状をこの目で見てみたい反面、知りたい気持ちだけで中途半端なことをしては失礼だとも思う。自由の国のもう一つの姿…そんな現実に向き合えきれる訳もないのに。

 

 

表面だけを覗き見るだけならまだしも、扉を開けてそこに一歩踏み込むのは意味が違う。どうにもならない現実を目の前にした時、私には分からないから~って言って終わるならば、じゃあなんでここに来たの?ってなるよね。

 

正直、覚悟がなかったのかもしれない。そんな自分の弱さが「熱」っていう形で現れたんだろうな。行けなくなったことに少しホッとしながらも、眠れないまま熱は頭痛を伴って、ジンジンと私を問い詰め続けた。

 

足枷の本当の正体とは…?

 

貧富の差、肌の色の違い、差別という言葉。それらはどこからやってきたものなのだろう。昔、奴隷として世界の至る所に連れて行かれた彼ら。そして今現在、まだなぜ足枷が外されないままなのか。

 

 

この足枷のホントの正体って何なんだろう。「自由の国」アメリカ。自由の反対語は、束縛。束縛のない世界を求めて、人はここにやってくる。

 

街の中心部であるタイムズスクエアに立つと、隙間を埋めていくかのように道に詰めかけてくる人、人、人。それでも一定のルールに沿って人は歩道にまとまり、車は車道にまとまる。自由が自由として在るためには、ルールが必要となってくる。

 

 

だけどそのルールが時として束縛を作り出す。ルールは常識とも呼ばれ、固定観念として擦り付けられている。「差別する側」「差別される側」という観念が、ここでは「右側通行」「左側通行」というルールと同じ響きにさえも聞こえてくる。

 

 

そして次の日。真昼のニューヨーク、出航の時。ひたすら眠ってだいぶ熱も引いた私は、マンハッタンの超高層ビル群を船のデッキから一望していた。

 

どこまでも天に向かって伸びていくそのビルの姿は、私たちはここに有るという堂々とした叫びのようであり、重苦しい地上から離れて天に昇っていきたいような、どこか救いを求めて上に伸びる姿にも見える。

 

ギュッと詰まりすぎる空間では呼吸をするのも忘れがちだ。この街では自分らしくあることを貫ける人のみが、深呼吸をしている。

 

 

ふと、ブロードウェイの舞台に立つ彼女たちの顔が頭をかすめた。光と影、ニューヨークはその濃淡の深さを露わにしている。ここは、自分らしくあるということを選択でき得る場所だとも言えるし、またそうでないとも言える。

 

だけど「血」よりも強い、今を生きる自身としての「アイデンティティー」を強く打ち出し認められた時には、ニューヨークがニューヨークとして愛される所以がきっと実感できるんだろう。だからこそ人々はここへと大きな野望を持って、その輝いたいのちを連れてやって来るんだ。

 

自由の女神の片足は不自由?

 

デッキの向こうに景色が流れだす。船は次第に速さを増しながら、ニューヨークへと繋がった一日の記憶を過去のものへと引き離して行く。遠ざかるように見えてどこまでも追いかけてくる摩天楼。

 

 

高層ビルが照らし返す太陽がこちらに向かって一直線に伸びてくる、その強烈な光に目を細め、デッキに溢れた人々はカメラを胸まで下ろした。ぐるりと後ろを振り返ってもう一方に広がる景色を仰ぎ見ると、人々のカメラが構えられたその先に、「自由」の象徴が立っていた。

 

右手に松明を空高く掲げ、左手に「独立宣言書」を持つ彼女。長いローブをまとった足元には、引きちぎられた鎖と足かせがあるという。ここからはそれは見えない。繋がれた鎖を、一方の足は引きちぎり踏み出した状態にある。だけど残されたもう一方は、未だ繋がったまんまなんだ。

 

 

「世界を照らす自由」が正式名称でもある「自由の女神」。目に見える部分でそれは大きく主張されている。だけどローブの下に隠された部分にあるもう一方の現実。これは、今のアメリカをリアルに象徴しているものだと思うよ。真実はいつもどこか、隠されている。

 

 

自由という言葉は二種類あって、誰もが生まれながらに持ち合わせた自由(freedom)と、自らが勝ち取る自由(liberty)があるんだって。アメリカの言う自由は後者らしい。かつてヨーロッパ諸国からの独立を勝ち取った歴史があるアメリカ。

 

生まれ持った自由を奪われるのは悲しいことだ。だけどそんな苦しみを、誰かを弱者に仕立てて同じように繰り返してしまっているという因縁の形が、ここに見える気がする。そうなると色んな人たちが住むアメリカは、いつまで経っても目指している自由には到達できないということになってしまうよね。

 

だけど、変わりつつもあるアメリカ。いつかローブの下の足枷が外れ、女神が微笑みながら歩き出す時がやって来るのかもしれない。

 

広がる空は次第に色を重ね、夜へと向かっている。小さく遠のいていく彼女とマンハッタンから、進行方向に広がる果てしない水平線へと視線を移した私はようやく、大きくひとつ深呼吸をした。

 

PHOTO GALLELY

「PHOTO GALLELY」

 

日本でも有名な「CATS!」

 

トラックにはメトロポリタンの文字が

 

ニューヨーカーもレンタチャリ

 

可愛い公園を発見

 

熱心に語り合うふたり

 

PA機材の上で昼寝する人々

 

テントとスーツのコントラスト

 

ニューヨーク名物の水蒸気暖房の湯気

靴磨き屋さんと警備のお兄さん

 

人気の高いミュージカル

 

堂々とBESTって言っちゃう所がアメリカ

   

(取材・文・写真/Hinata)

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