生き方の多様さを知り「このままでいいんだ」と思えた
――恩田さんが室井さんよりも先にピースボートに乗ったそうですね。
恩田 そうですね。2005年の第51回クルーズです。19歳の時ですね。
――現在は洋上フリースクールの運営をされていますが、ご自身も不登校の経験があるんですよね?
恩田 不登校やひきこもりに限らず、生きづらさを感じていたり、自分に自信が持ててない人を対象としたコミュニケーションプログラムをピースボート洋上で運営しています。私自身は、小学校2年から不登校を始めて、多少復帰することもありましたが、義務教育期間の半分ぐらいは登校していません。中学時代にひきこもりやリストカットなどを経験して、なんとか通った高校卒業後にピースボートに乗船しました。当時は希望を持てず、自分はすごくダメな人間だなと思っていて、「この旅で希望が持てなかったら人生終わりにしよう」というぐらい重い感じで乗りました。(苦笑)
――その一大決心を秘めて乗ったクルーズ、いかがでしたか?
恩田 想像を超えるスケールのエジプト・ピラミッドを見れたこと、ローマでジェラートの食べ歩きをしたこと、キューバで地元の人と街歩きしたこと、イースター島でモアイと並んだこともすごく刺激をもらえたけど、一番は人との出会いのなかで「生き方って本当に多様なんだな」と実体験として知ったということだったと思います。
――というのはつまり?
恩田 「命って大事だよ」とか「人はみんな違ってみんないいんだよ」と教えられる機会ってありますよね。けれど、たとえば学校だと、まわりはみんな同い年。確かにそれぞれ個性はあるけど、同調圧力のようなものもやっぱり感じて、『ありのまま』ではいられない。仲間はずれを恐れて自分も背伸びしていたり、強くみせたり、常に恐れのある状態では対等な人間関係が築けなかったのも無理もないな、と。自信の持てる環境ではなかったんですよね。
恩田 ピースボートは学校でも会社でもない、休学してきているひともいれば、転職や退職を機に乗ってくるひともいる。色んな人がそれぞれのタイミングで旅を楽しんでいて、お互いを尊重しながら3ヶ月間を過ごしている。みんな違うから、「みんなと同じにならないと」と、思いようがなかった(笑)。それを体験して「あ、ほんとに私は私のままで、このままでいいんだ」と納得できたんですよね。それは、自分の今後について希望が持てなかった私にとって、とても重要なことでした。
「知りたい」がいちばんの動機だった
――対して室井さんが最初に乗ったのは?
室井 18歳の時、大学1年生の冬休みに第52回クルーズに乗船しました。私が乗ったのは、日本を出たらずっと南に向かっていくという航路でした。というのも、私はずっとアフリカや南米など南半球に行きたいと思っていて。
――なぜ南半球に興味が?
室井 当時は大学生で、国際協力や国際開発を勉強していました。でも、授業の内容にどこかリアリティがなくて。新聞やテレビのニュースで伝わってくる情報と、授業の内容が繋がらななくて、世界をリアルに知りたいという気持ちが強かった。そんな時にピースボートのポスターを見て、実際に世界を自分の目で見てみたいと思いました。
――タイミングが合ったんですね。学ぶ理由を探るためにも。
室井 というか、大学つまんないなと思っていて(笑)。私、「NEWS23」っていう報道番組を中学くらいから習慣的に観ていたんですけど、そこで報道される世界の問題は授業を受ける間にも現実は進んでいるわけで、「こんなことしてていいんだろうか!?」っていう焦りもあったんですよね。だから、大学よりももっとリアルに世界のことを知ることができる持った場所を求めていたんだと思います。