炊き出し調整©上野祥法
インタビュー
2021/03/23
INTERVIEW Vol.28
小林深吾
KOBAYASHI Shingo

東日本大震災をきっかけに設立したピースボート災害支援センター(PBV)に聞く、コロナ禍での災害ボランティア

PROFILE
小林深吾‗プロフィール写真©片岡和志
小林深吾(一般社団法人 ピースボート災害支援センター(PBV)理事/プログラムオフィサー、一般社団法人ほやほや学会理事、株式会社 街づくりまんぼう取締役)
臨床心理学を勉強していた大学生のときに「人と関わる仕事をするなら、机の上だけで学ぶのではなく、直接たくさんの人と関わりたい」と思い、大学卒業後すぐにピースボート第45回クルーズ(2004年)に乗船。船を降りてからピースボートスタッフとして活動する中で災害支援に携わるようになる。現在はピースボート災害支援センター(以降、PBV)のプログラムオフィサーとして、日本国内外さまざまな災害の復旧・復興支援に関わっている。
PBVのスタッフとして東日本大震災発生直後から現地に入り、災害支援を続けている小林さん。東日本大震災の発生当時、そして現在の支援について、またコロナ禍での災害ボランティアの課題などについてお話を伺いました。

 
 

―小林さんはどういった経緯で東日本大震災の支援に関わったのですか?
小林 元々ピースボートは、1995年の阪神淡路大震災のときから国内外で災害支援を行っています。僕がピースボートスタッフをしていた2005年に、パキスタンで大きな地震が起こってその支援に携わったことが、災害支援に関わるようになったきっかけです。
過去に災害支援に行っていた経験があったので、東日本大震災では、地震が発生した7日後に被災状況の確認や災害支援の拠点の確保などを行う先遣隊として、宮城県石巻市を訪れました。
―実際にどのような支援を行われたのですか?
小林 一番初めにしたのは支援物資を届けることでした。変わり果てた街の様子を見て、あまりの被害の大きさに「本当に自分達にできることはあるのだろうか…」と思いましたが、とにかくできることをやろうと手を動かしました。その当時はどの場所にどれくらいの人数が避難しているか行政も僕たちも把握できていない状況だったので、とにかくトラックに荷物を積んで現地に入り、そこで出会った人に話を聞きながら物資が必要な地域に届けていました。また、行政や自衛隊も支援は行っていましたが、どうしてもこぼれてしまう地域が出てきてしまうので、そういった地域への物資支援や炊き出しも重点的に行いました。
小林 徐々に災害支援の体制が整い始めてからは、大勢のボランティアが被災家屋の清掃作業を行いました。津波で家やお店の中が土砂や泥にまみれてしまっていたので、それを綺麗にする作業ですね。これは最も多くのボランティアが関わった作業で、計2,141件の被災家屋清掃を実施しました。
小林 実際に物資を載せた車を走らせながら被災者の方々と話していく中でわかったのは、どの場所でも物資も人手も全然足りていないということ。水や食べ物、生活用品が不足しているはずなのに、物資を届けた先で「私たちは大丈夫だから、他のところに」と言われたこともありました。何もかもが不足している状況を目の前にして「もっと人手があれば解決できることがたくさんあるのに」と思い、すぐに東京事務局ではボランティアの募集を開始しました。
―当時、メディアなどで「知識のないボランティアが現地に訪れるとかえって迷惑だ」という報道もあったことを覚えています。ピースボートを通じてたくさんの人がボランティアとして東北を訪れていますが、何か意識的に行っていたことはありますか?
小林 被災地や現地の状況を把握していて、組織として成り立っているボランティアなら被災地の役に立つと思いました。なので、ピースボートでは事前に、今被災地はどんな状況なのか、どんな環境でどんな支援を行っているのか、現地で必要となる装備についてなど、ボランティアの人たちへ向けたオリエンテーションを開いていました。また、当時ピースボートのボランティアは1週間交代で東京から派遣していたのですが、その間の装備や食料などはあらかじめチームごとに持ってきてもらうなど、被災地に負担をかけない体制づくりを意識していました。
―経験したことのない規模の大災害だったにもかかわらず、状況判断が早いというか、指示の出し方がとてもスムーズだと感じます。何か災害支援におけるノウハウのようなものが蓄積されていたんですか?
小林 まぁでも当時の現場は相当バタバタしていたんですけどね…。情報を集め体制と整えるだけでも大変でした。でもピースボートの強みとして、大人数の人を動かすノウハウを持っているスタッフが多いというのはありました。1,000人の乗客が参加する船旅を運営しているので、寄港地に着いた際に移動するバスの手配をして、安全に移動して現地の人たちと交流して、また船に帰ってくる……というオペレーションに慣れている人がピースボートには多いんです。
2011年5月はピースボートだけで1日に500~600人のボランティアを受け入れていたのですが、大人数のオペレーションに物怖じしないピースボートスタッフの経験は生きたと思います。
―当時の災害支援で印象に残っていることはありますか?
小林 僕たち支援団体のスタッフやボランティアは「自分たちに何かできることがあれば」「助けになりたい」という想いで現地に入って活動していましたが、反対に地元の人たちから受け取るものがたくさんありました。家がなくなってしまって生活を立て直すのが大変な人、今までやっていたお店を再建できるかどうかも分からない人、誰もが大変でこの先どうなるのか未来が見えないような状況でした。でも一方僕たちボランティアが関わることで、またここに住めるかもしれない、またここでお店が再開できるかもしれないというふうに、状況が少しずつでも確実に前に向かって行くんです。そういうところに立ち会えたことはよかったなと思えたし、ポジティブな力を分けてもらいました。
―東日本大震災をきっかけに「一般社団法人ピースボート災害支援センター(PBV)」が設立されました。震災の発生から時間が経つに連れ、支援の形はどのように変化していったのでしょうか?
小林 これまでピースボートが行ってきた災害支援は短期集中のスポット型でした。ですが、東日本大震災の東北の様子を見て長期的な支援が必要だと感じたので、団体を立ち上げて災害支援を行うことにしました。
僕は関係機関や団体間の渉外業務を行っていたんですけど、その後、2016年まで東北支援の現場責任者をしていました。月日が流れる中で必要な支援も変わっていきます。例えば避難所から仮設住宅に移って、そこでの生活が始まります。仮設住宅への入居は、元々住んでいた地域から離れて抽選で決められてしまうことが多く、震災前に築いていたつながりや地域社会の強みがバラバラになってしまいます。支援の内容は、炊き出しや掃除といった内容から、どうやってつながりを取り戻すのかということへとシフトしていきました。活動としては、仮設住宅で地域情報を届ける「仮設きずな新聞」の発行や定期的なお茶会の開催、また漁村の担い手を増やすための「漁村留学」の企画や、東北の名産品である「ほや」のPR活動などへと変化していきました。
―小林さんは2005年のパキスタンでの地震から、もう15年以上災害支援に携わられていますが、支援に取り組み続けるモチベーションは何ですか?
小林 誰しもが災害に見舞われる可能性がありますが、被災した人たちだけで生活を立て直すのは難しいし、大変な作業です。もちろん公的な支援として行政も動いてくれます。でも、それですべてがまかなえるわけではありません。絶対に足りない部分が出てくるので、そこのこぼれたところに手を差し伸べる民間のサポートが必要不可欠です。多くの人がその輪に加わっていて、誰かが困ったときに手を差し伸べてくれる人がいる、もし自分が困ったときは誰かに助けになってくれる。そんな社会になったら良いなぁと思っているのは大きなモチベーションのひとつです。
―震災から10年が経って、東北はどのくらい復興していると感じますか。
小林 うーん……。「復興」という言葉はとても難しいですよね。壊れてしまった家を再建して暮らせる状態に戻すといった「復旧」は進んだと思います。一人ひとりや街が前よりも活気に満ちていて、元気になった状態を「復興」とするなら、何をもってそれを達成したといえるのかはすごく難しいテーマです。災害は街にも人にも大きなダメージを与えるものですが、少子高齢化で地域産業の担い手が減っている地域をどうしていくのか、商店街のシャッター街をどうするのかなど、その地域がもともと抱えていた問題がさらに災害によって浮き彫りになっていきます。どのような課題を抱えているかは地域によってそれぞれですし、一朝一夕に解決できる問題ではありません。 また地域との関わり方は災害ボランティアだけではなく、復興のためにその地域を観光するという方法もあります。
―PBVでは2021年3月31日までクラウドファンディングを行っていると伺いました。
小林 新型コロナウイルスの影響で、災害支援の現場も大きな影響を受けています。今まで災害が起こった際には全国さまざまな地域からボランティアの人が集まって支援活動を行っていたのですが、このコロナ禍で、県を跨いでの移動が難しくなっています。さらには、この状況下で被災地に入る新しいスタッフを雇用し事前に感染症のレクチャーを実施したり、感染予防のための備品を確保したりと、災害支援を継続するためにこれまでにないコストがかかってしまいます。今現在も続けている被災地への支援を続けるために、また、今後どこかで災害が起こった際に感染症が流行していてもきちんと支援ができるようにしたいと考えています。現在そのためにクラウドファンディング「コロナ禍でも被災者を支えたい! #1人の100歩より100人の1歩」で支援金を集めています。
小林 本来であれば災害支援は、人と人が関わっていくことで復旧・復興を目指していきますが、コロナ禍はそれも難しくしてしまいました。実際にPBVでは2020年に起こった熊本の豪雨被害にもスタッフを派遣しているのですが、緊急事態宣言が出たことで県外からのボランティアがなかなか集まらず、復旧のスピードが他の災害よりも遅いと実感しています。
―クラウドファンディング以外に、コロナ禍で出来る災害支援にはどんなものがありますか?
小林 例えば「スマートサプライ」があります。このプラットフォームでは、災害支援を行っている団体がアマゾンのほしい物リストを公開しています。支援者が自分で支援する物資と数量を選ぶことができるので、必要とされている物資を無駄なく届けることができます。物資の支援は、被災者のニーズと実際に送られてくるもののギャップが問題になりがちです。実際に東日本大震災でも、古着が大量に送られてきたものの結局被災地で処分することになり、その処理費がかかってしまったということがありました。スマートサプライはそのような問題を解消できるシステムで、必要としている人たちのところへ適切な量の物資を届けることができます。
―災害支援について「これは知っておいてほしい」ということはありますか?
小林 災害支援にはたくさんの方法があります。特に寄付金に関しては「義援金」と「支援金」の2種類に分けられます。「義援金」は被災者に現金として直接届くのですが、行政や日本赤十字が集めてそれを県に分配し、それをさらに被災地の市町村に分配した後に被災者の元に届くという仕組みになっているため、被災者は直接現金を受け取れるもののお金が届くまでにたくさんの時間がかかってしまいます。一方「支援金」は被災者ではなく、被災地で活動している支援団体の活動資金になります。こちらは被災者に現金としては届きませんが、避難所の物資や炊き出しの材料など、そのときに被災者が必要としている物資やサービスのためにタイムリーに使われます。もちろんこれはどちらのほうが優れているという話ではなく、双方とも必要な支援です。
小林 PBVは被災者に必要な支援をなるべく早く届けたいと思って活動しているので、皆さんからの支援金にとても支えられています。なので私たちとしては、活動内容などを調べて「この団体を応援したい」という団体を支援金という形で応援していただければと思います。
ピースボート災害支援センターをもっと知りたい人はこちら
>ピースボート災害支援センター
PBVクラウドファンディング 2021年3月31日まで
>コロナ禍でも被災者を支えたい! #1人の100歩より100人の1歩
(取材・写真/鷲見萌夏 写真/水本俊也、上野祥法、片岡和志、Social-Good-Photography-Inc.)
 
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