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インタビュー
2020/09/16
INTERVIEW Vol.26
小林瑞恵
KOBAYASHI Mizue

さまざまな人の可能性や多様性を示せる芸術「アール・ブリュット」とは?

PROFILE
profile
小林瑞恵
1979年長野県生まれ。社会福祉法人愛成会副理事長。アートディレクター。2004年障害のある人々が創作活動を行う「アトリエpangaea」を立ち上げ。2012年-13年日本のアール・ブリュットを本格的に紹介するヨーロッパ巡回展「Outsider Art from Japan」、2014年日本スイス国交樹立150周年記念事業「ART BRUT JAPAN SCHWEIZ」展(スイス)、2017年障害者の文化芸術国際交流事業2017ジャパン×ナント プロジェクト 日本のアール・ブリュット「KOMOREBI」展(フランス)、2018年 「Art Brut Japonais II 」展(フランス)で日本側キュレーター。2016年東京芸術文化評議会アール・ブリュット検討部会委員を務める。2019年第99回ピースボート「地球一周の船旅」水先案内人。2020年東京都主催のアール・ブリュット2020特別展「満天の星に、創造の原石たちも輝く カワル ガワル ヒロガル セカイ」で企画協力、キュレーションを担当。共著に『スウェーデンのアール・ブリュット発掘―日常と独学の創造価値』(平凡社)、著書に『アール・ブリュット 湧き上がる衝動の芸術』(大和書房)がある。
今回はピースボート第99回クルーズにアール・ブリュットを紹介する水先案内人として乗船していた小林瑞恵さんのインタビューをお届けする。

読者のみなさんは、アール・ブリュットという言葉を聞いたことはあるだろうか?
アール・ブリュット(Art Brut)とはフランス人の画家ジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet)が1945年に提唱した概念である。“アール”が芸術、“ブリュット”が加工されていない・生のままを表すフランス語で、日本語だと「生(き)の芸術」と直訳されることもある。
渡邊義紘「折り葉の動物たち(犬)」2003-2017年 30×16×50mm (撮影:高石巧)
これは落葉で作った犬。この作家はクヌギの葉を使い、1つ10分ほどで動物を作る。折り方はもちろん教科書があるわけではない。本人の頭の中で構成して形にしているそうだ。
-アール・ブリュットに関する展覧会のパンフレットでは「専門的な美術教育を受けていない人達による芸術作品など」と説明されているが、現代におけるアール・ブリュットという概念の捉え方には、時に難しさもあると言われる。「アール・ブリュット」が生まれた理由には、当時の社会背景が密接に関係している。当時、芸術は専門的な美術教育を受けた人や美術画壇に属する人、地位や権力がある有力者など一部の人しか嗜むことができない高尚でアカデミックなものだったそう。
小林 アール・ブリュットという言葉の生みの親であるジャン・デュビュッフェは、当時の「高等な美術教育を受けた人の作品しか芸術として認めない」ということに違和感を覚えていました。だけど、多くの人が「美術は高尚なものだ」と思っている時代に、一人の人間が違うと主張したところで理解してもらうことは難しいですよね。社会の価値や認識を変えるには、そのことを可視化したり、言語化をしていくような大きな労力が必要です。
-精神科の病院で患者の作った作品集を見て「私たち人間には、もともと持っている根源的な表現欲求や、それらを具現化する想像力や独創力があるのだ」と確信したジャン・デュビュッフェはアール・ブリュットという概念を提唱し言語化することで社会にその存在を可視化した。そして、その概念を通して当時の芸術の既成概念に対して問題提起し「芸術とは何か」を社会に問いかけた。実際に作品を見たことで「美術教育を受けている作品のみが優れた芸術である」という今までの考えが更新されたと小林さんは教えてくれた。
小林 アール・ブリュットという言葉が出来た当時の社会的価値観がどうであったかは現在のアール・ブリュットを考えるときにとても大切です。なぜアール・ブリュットという言葉が必要だったのか。その当時は、芸術は一部の人が嗜むものでしたが、現代では芸術に対する価値観が変化しています。誰のことをアール・ブリュット作家と呼ぶのかは現代の社会背景にあった議論が必要になります。
-例えば「美術教育を受けていない人たちによる芸術」といっても、現代の日本では義務教育で美術の授業があるので、ほとんどの人が美術教育を受けている。またインターネットやSNSが普及する中、世界の人々の生活様式や社会情勢も大きく変容してきている。そして、一人一人の人生の中には多様な有り様がある。小林さんはアール・ブリュットを美術のジャンルではなく概念だと思っているそうだ。
小林 私はアール・ブリュットという概念があることで、人々の多様性や私たちの価値認識のあり方等々を感じて考えてもらう為の良いプラットフォームになると思っています。例えば、芸術とは?障害とは?そもそもアール・ブリュットとは?など。考える場所があることで物事の捉え方や考え方を共有し、議論し、そのことによって価値観や思考がまた広がり更新されていくきっかけになるのではないかと思います。
芸術が持つ力は、芸術を通じて色々なことを考えたり感じたりする場所が創出されること。ただ作品がすごいというだけではありません。アール・ブリュットでいうと、私たち人間がいかに多様な個の存在であるかということをまざまざと見せてくれるところが魅力的ですね。
澤田真一「無題」 制作年不詳 陶土 350×260×260mm(撮影:高田真澄)
-プロのアーティストを目指す人たちが目標にするような世界3大美術展のうちの一つでもあるヴェネチア・ビエンナーレ。2013年に日本人のアール・ブリュット作家である澤田真一が出展した。世界的に有名な美術展に、美術教育を受けていない無名の作家が選ばれ出展したという点においても、ジャン・デュビュッフェが「アール・ブリュット」という言葉を作った1945年当時の社会とは芸術の扱われ方が大きく変わっていることが分かる。
小林 芸術的なことを含めて、時代と供に社会の認識が変化してきていると感じます。概念だけを当てはめようとしても、それらの価値を正しく理解することはできません。現代においてアール・ブリュットは何を意味するのかを考えることが大切だと思います。日本のメディアではアール・ブリュットが障害者アートとして扱われることが多くあります。アール・ブリュット作家の中には障害を持つ方もいますが、障害の有無に関わらず、様々な人の可能性や多様性を示せるものがアール・ブリュットであると思っています。
勝部翔太「無題」 2011年 ビニールタイ 41×39×10mm (撮影:大西暢夫)
小林 これはお菓子などの包装に使われるビニールタイを使って作られたフィギュアです。小さいときから戦隊ものが好きだった作家が、フィギュアなどを買うお金がないという背景から身近にある素材を使って自分で作り始めました。関節部分だけ配色を変えるなど、非常に精巧な作りになっています。

アール・ブリュット作品の特徴

-「プロの作家は観客を見ているので他人の評価を意識して作品が作られることが多いが、アール・ブリュットの作家の多くは、自分の世界の中で、自分が作りたいと思ったものをやりたいと思った方法で表現している。それが誰かに“芸術的に価値がない”と言われたとしても気にすることがない。そもそも他人の評価を求めていないことが多い」と小林さんは語る。
小林 周りの人が何を言おうと自分が作りたいから作る。アール・ブリュットの作家には自分の中で表現する行為が完結している人が多いと思います。
例えば、多くのアーティストは海外の有名な展覧会に出展してほしいと言われたら、一番出来の良い作品を出そうとすると思いますが、彼の場合は2軍しか出さない。自分のために作っているから、一番良いものは自分の手元に置いておきたいし、手放したくないんですね。そういった自分の作品に対する視点も面白いなと思います。

アール・ブリュットの魅力

-改めて小林さんにアール・ブリュットの魅力について伺うと「自分が全く考えたことのない発想や見たことのない表現に出合える驚きがあり、それらを作ることが私たちの人間の奥底に去来するマグマのようなものを見るようで、魅力的で惹かれます」また「その人らしさ」しかなく「それが否定されない世界」と語ってくれた。
小林 この葉っぱで作った作品も、普通に考えたら落葉を折って動物を作ろうとは考えつかないと思うんです。まず、折れると思わないですよね。
渡邊義紘「折り葉の動物たち(キリン)」 2003-2017年 葉 58x60x17mm (撮影:高石巧)
小林 私達は人から教えてもらうことで何かを習得していくことは得意ですが、逆に教えてもらっていないもの、教科書にない未知のものを作ることはすごく難しい。多分この作品は折り紙からアイデアを得ていると思うのですが、折り紙と葉っぱは結びつかないですよね。文化的なものと自分の中の発想を組み合わせて、新しいものを生み出す創造力が面白いなと思います。

小林さんの感じた日本と海外の違い

-日本と海外では芸術に対する姿勢が全く異なるそうだ。
小林 日本の芸術鑑賞の様子を伺っていると「芸術のことは詳しくないから。」というように自分の言葉で芸術を評価することを躊躇する方が多いと感じます。“芸術との距離”があるような。一方、欧州の方は日常生活と“芸術との距離が近い”ように感じます。芸術鑑賞をすること、展覧会や作品に関して自分の感想を言うことは「個々が感じたままで良い」ということについても理解度が深いと思います。
-海外の人たちは、鑑賞者が自分の意見を言う。美術評論家や美術雑誌のライターなどがこれが一番良いと評価しても「あの人はこう言っているけど、私はそうは思わない。こっちのほうが好き。」と率直に口にする。芸術を楽しむ風土が国によって異なるのだ。
小林 芸術に触れるときに鑑賞レベルは関係なく、その人が感じたことを言葉にして伝えた方が鑑賞を楽しむことができると思います。違いがあるからこそ面白く、発見があります。日本でも芸術に対して自分が感じたこと、受け止めたことを大切に、自由に語り合える風土が育つといいなと感じています。

アール・ブリュットとピースボート

-ピースボートの第99回クルーズでアール・ブリュットを紹介する水先案内人として乗船した小林さんはアール・ブリュットとピースボートは親和性が高いと感じているそうだ。「アール・ブリュットの作品は世界中のどこにでも生まれるので、世界を旅するピースボートではたくさんの作品に出合うことができるのではないか」と語ってくれた。
小林 世界中にアール・ブリュットは存在するので、アール・ブリュットは世界とつながるプラットフォームとして語ることができます。日本のアール・ブリュットと海外のアール・ブリュットは共鳴するものもあるし、文化的に異なるものもある。作品を通じて他国の文化や風土を知る機会にもなります。日本のアール・ブリュットの中にも、日本の文化が感じられる日本らしいと思える作品があります。
-小林さんは「アール・ブリュットは多様性を体現するアートだ」と教えてくれた。様々な文化や価値観が交差するアール・ブリュットの認知度が国内でも高まることで、日本の社会にも変化が生まれるのではないだろうか。
小林 日本人は同質性が強いと感じます。同質性が強いと、多様性を否定して同調圧力が生まれてしまう。日本では、世間体を気にしたり「空気を読む」という言葉があったりするほど、同調圧力がすごいですよね。でも、本当は色々なものを混ぜて、同質性が崩れたほうが個性が尊重された生きやすい社会になるように感じます。また、空気を読むことも時に個人を否定することだと思います。同質性は生きづらさを生むとも感じているので、そういう考えは日本の中でも減っていくといいなと思っています。

多様性が尊重されるピースボートの旅

-本で読むだけでも知識を得ることはできるかもしれないが、自分で経験することの価値は大きい。経験は無形の資産になる。小林さんは「ピースボートで1000人と一緒に過ごした3か月の体験は、人生の経験をする場としてものすごく良いフィールドになった」と語ってくれた。
小林 ピースボートには色々な価値観を持った人が集まっているので、同質性を意識しなくていいんです。私も乗船した時に「あぁ、ここは個を尊重してくれる場所だな」と感じました。周りの空気を読んで動かなくてもいい人間関係が自然とできていて、とても楽だなと。色んなタイプの人が参加してるので「自分もこの色に合わせなきゃ」という色がないんですよね。
-小林さんは「アール・ブリュットは多様性を体現するアートだ」と教えてくれた。様々な文化や価値観が交差するアール・ブリュットの認知度が国内でも高まることで、日本の社会にも変化が生まれるのではないだろうか。
小林 たくさんの人と出会って話をして、様々なタイプの人を知ることは、情報量が多くて疲れるかもしれませんが、とても大切なことだと思います。人の内面はちょっと話すくらいでは分からないですし、長い時間を共にしても全てが分かるということはありません。人と出会うたびに「そんな考え方があるのか。」「世の中にはこんな人もいるの!?」と思わせてくれる発見や驚きがあるから面白いですよね。自分の生活様式とは違う人の価値観に触れることは、思考の幅を広げる機会にもなります。ピースボートでの経験は、今後の社会を生きるための大きな糧となったと感じています。
-小林さんは「多くの他者を通じて様々な考え方や価値観、生き方に触れることで、自分がいかに固有の存在であるかを知ることができる。ピースボートには、自分が自分のままで良いと思わせてくれる力がある」と話してくれた。
小林 自分の中の、人の受け止め方や物事を考える引き出しを増やすことが大切だと思っています。たくさんの人と出会うことで、自分の許容範囲や視野が広がっていきます。ピースボートは、とても多様なバックグラウンドを持った人が集まります。一気に1000人の、しかも様々な世代の人に出会える。こういう体験は、国内ではなかなかできないですよね。
-最後に小林さんにピースボートへの乗船を考えている人へのメッセージを伺った。
小林 個人的には、若い時にピースボートに乗ったほうが良いと思います。(自分が若い時に乗れたらなと体感して思うので。)若い時の方が吸収率が良いということもあるし、その先の人生の経験にも活かしていけます。若いうちに色々な人の価値観に触れて自分のキャパシティや可能性を広げることは、絶対に自分のその後の人生の糧となると思います。
-筆者もこのインタビューではじめてアール・ブリュットというものに出合った。話を聞く中でそれが何かを掴めたような気がしたのはほんの一瞬。話を聞けば聞くほど、それが何であるかが掴めなくなり、もっと知りたくなった。それほどにアール・ブリュットの魅力は奥が深いということなのかもしれない。ぜひ作品を自分の目で見て、その魅力を体感してもらえればと思う。
書籍『アール・ブリュット 湧き上がる衝動の芸術』(大和書房)
 
(取材・文/鷲見萌夏 写真提供/PEACEBOAT、中筋浩太、小林瑞恵)
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