更新日:2026/10/13

日本・沖縄から世界へ想いを馳せる 後編〜Peace on the Boat trip〜

ビースボートの船旅であちこち迷走したHinataの旅物語、「Peace on the Boat trip」。 笑いありハプニングあり、ちょっと不思議でほんわか緩まるHinataワールドへようこそ。   最初から読む ひとつ前の記事を読む

沖縄から世界へ…流れはきっとそうなっていく!

 

 

何もしないままでは変わらない現状。そんな中でひとつ、光が見えそうなのが「観光」だ。観光は沖縄の経済をかなり大きく動かしている。近年の動向を見ていると海外からの観光客も格段に増え、その経済効果はホントに限りない。

 

その観光を本来の沖縄の持つよさを生かしながら進めていけたら、もしかすると基地に頼りきった経済システムから脱却できるのかもしれない…そう思って私は、沖縄の観光の持つ可能性を探っていた時期がある。琉球王国の時代に独自に貿易をしていた沖縄でもあるだけに、自分たちの足で立ち上がることは、決して難しいことではない気がするんだ。きっとDNAがそれを証明してくれるだろうって今でもそう信じてるよ。

 

 

だけど沖縄を離れてしまった今の私が、こうやって沖縄に対して何か言うのは無責任で横柄でしかないことは充分に分かっているんだけどね。ただ、やっぱり気になっているんだ、好きだから。

 

国際通りから奥に入っていくと、古いままの沖縄が色濃く残っている空間がある。国際通りといえば沖縄を代表するような観光スポットなのに、変に開発しすぎることなく、ここまでちゃんと街並みや人々の生活が残っているのはホント素晴らしいって思う。表面的には観光通りだけど、一本裏道に入るだけで今だにものすごいトリップ感があるんだ。

 

 

明らかに空気が違う。色んなものたちが潜んでいるような気配もあって、だけど古いそれらが今の時間に沿って一緒にそこに座っているような空間。どこかまどろんでいて湿気を含んだ空気に色が付いたような世界、そしてそこに交わる独特な沖縄音階のメロディー。世界に類を見ない「ハイクオリティーなオリジナル」なのが沖縄だ。これを失わずにどう生かしていけるか…そこにかかっていると思う。

 

いかに生きるかというテーマ

 

沖縄は、今までたくさんのものを受け入れてきた。アメリカも日本も敵対せずに仲間として扱った。「いちゃりばちょーでー」出会ったらみんな兄弟だというその言葉は、沖縄の精神性の高さを示している。彼らは、なぜ受け入れるということが出来るんだろうって考えたんだ。そして分かったことがある。

 

 

それは「何かを受け入れることになったとしても、決して揺るぐことがない芯を自分の中に持っているから」。だから、受け入れるということが出来るんだ。そしてその芯ってのがアイデンティティーなんだって思った。

 

普段からそれを「対立する為に」使わない彼らは、外からやってきた、自分とは違った考え方を受け入れて暮らすのと同時に、ここ一番と言った大事な時には団結してアイデンティティーを表す。そんなシーンを、沖縄で何度も見たことがあるんだ。だからこそウチナーンチュ(沖縄人)を、誇り高い民族だと私は深く感じている。

 

 

基地って、侵略に対しての防御の形だよね。常に「侵略されること」を恐れている、だから武器で身を固めて敵が来るのを待っているんだ。侵略とは戦争だけではなくって、経済的、精神的な侵略なんかも含めてなんだけどさ。

 

常に防御で身を固めて生きるっていうアメリカと日本の選択は、身を守るという名目があるにせよ、何だか息苦しい生き方にも思える。そしてそれを受け入れた沖縄も今、問題があまりにも大きくなってきている現状に、そろそろ自分たち流の生き方を前面に出さなければいけない時期を迎えているのかも知れない。

 

 

だけどそれは血を流すことを意味するのではなく、持ち前の光り輝くものを打ち立てるという道を選んで行くという意味でさ。「侵略を恐れ、死なないように生きる」のと、「アイデンティティーを持って誇り高く生きる」ことは、同じ生きるというテーマでいても内容はかけ離れている気がする。そして後者でありうる沖縄という島を、私は知っている。

 

沖縄が差別を受けていた時代

 

そういえば…私が沖縄に興味を持ったきっかけは、独特な歌と踊りといった文化面に触れたことからだったんだ。風変わりなリズムの沖縄民謡、独自の音階、それに乗せた方言での歌詞の面白さやコミカルな社会風刺、エイサーなどの伝統的な踊りの中にある一種の土着宗教的な意味合いや、そんな文化が現在進行中なことに度肝を抜かれたんだよね。

 

 

アジアの仏教国なんかでそれがあるのは分かるんだけど、この日本で、しかも生活にかなり近い所でそれらは日々存在していて、当たり前のように今も大切にされていることが驚きだった。もちろん探せば日本各地にそんな存在はあるかと思う、だけど沖縄の日常とそれの密着具合がすごいんだ。

 

過去には文化が消えつつあった沖縄。それは昔、本土からの文化的侵略のような形でやってきた。方言を喋ると罰せられながら、日本語教育を受けていた時代がある。

 

今でこそ「琉球フェスティバル」とか「島唄」とか、ブームのようにして取り上げられている光景が見られる沖縄だけど…当時、高校生だった私にエイサーを教えてくれていた、大阪の沖縄県人会のおじさんから聞いていた話は違っていたんだ。

 

昔は本土に出稼ぎに出ていたウチナーンチュの生活は貧しく、その為に差別を受けていたような時代があったんだって。おうちでサンシンを弾いたり、ましてやエイサーを踊ることもご法度のような時代が、つい最近まであったのはあまり知られていない事実かもしれない。

 

闇を見て、光を受け取る

 

大阪の沖縄県人会のおじさんたちが青年の頃、そんな現状を変えていきたいと思って、自分たちのアイデンティティーを示す「エイサー祭り」をやろうと思い立つ。だけど周りのウチナーンチュからは強い反対を受け、そんなことをやってくれるなと年寄りからも言い寄られた。猛反対を押し切って「第一回エイサー祭り」を強行突破した時は、まだまだ小さな声をあげたに過ぎなかったんだよ、と教えてくれた。

 

 

そんな中でエイサーを誇り高く踊った彼らの心の奥底に、強い炎のように燃えている沖縄の血が湧き上がってきたんだ。それ以後、何度となくエイサー祭りを行っていたら、ある時突然として、沖縄ブームが起こってガラリと世界が変わった。「島唄」がヒットしたり沖縄のイベントが各地で行われ始めて、大正区のエイサー祭りに、会場を埋め尽くす程の人が集まるようになったんだ。

 

戦争や基地問題といった重たい側面から入ったのではなく、素晴らしい文化や彼らのポジティブな生き方を見て、私は沖縄に興味を持った。そこが、きっと今まで私と沖縄が長く結ばれ続けてきた理由だと思うんだ。もちろん辛い過去をしっかりと知る必要は充分にある、だけどそれだけじゃあなくてさ。悲しみだけの繋がりなら、心はそのうち涙で枯れ果ててしまうだろう。

 

 

光輝く、沖縄の宝物。私たちが沖縄から学べることはたくさんある。例えば、人として何を大切にしてどう生きていくのか。オジーオバーを尊敬し、周りと協力し合って地域環境を作ったり、近しい自然と上手に付き合って暮らしていく知恵とか。沖縄でも街ではそういったことは少し薄くなってきているかも知れない、それに最近は観光の為の開発が急激に進んでいて、少し心配でもあるけど。自分たちらしさを失わずにあり続けて欲しいと思える、そんな小さな光輝く島、沖縄。

 

そこから始まる、世界への旅!

 

そして。世界に行くと、もっとたくさんの「負の遺産」を目にする。過去の悲しみで溢れている空間はどこにでも存在している。そんな過去を知ることも大事だけれど、ここでも同時に「今ある光」を見てみたいと思うんだ。そして未来に向けて、自分たちがこれから何を選択していくのか…ヒントとなるあらゆる場所や物事を見て、持ち帰ってみたい。そう、きっと世界一周の旅ならそれができるんだ。

 

 

船に乗って、朝起きれば新たなる地に到着。真っさらな気持ちのまま一歩足を踏み出してみれば、初めて見るような風景や美味しい食べ物、そしてたくさんの大切な「仲間たち」に出会える。昨日までは「何も知らない国」が、今日からは「大切な友だちの国」に大きく変化する。

 

のんびりと旅ができる今の世の中ってホントにありがたい。だけどそれがいつまでも続くとは限らない。そのことをしっかりと心に留めながらも、あなたの行きたいタイミングでいつでも旅に出て欲しいって、そう思うよ。

 

「Let’s see the new world!」次は、あなたの番だよ!

 

PHOTO GALLELY

「PHOTO GALLELY」

 

色とりどりの美しい珊瑚たち

 

パイナップルではなくアダンの実

 

海に落ちる夕日を眺める時間

 

アメリカンビレッジも夕暮れ時

 

芝生にゴロンと寝転びながら

 

壷の中身は泡盛の古酒?

 

さんしんの弦を張っていたオジー

 

可愛い中に鋭さのある魔除け神シーサー

 

ミニチュアボトルの泡盛シリーズ

 

沖縄の焼き物はヤチムンって呼ばれている

 

ソーキそば専門390円

 

タコスは沖縄では超メジャー

 

ヤチムンだらけの壷屋通り

首里城のガジュマルの木

 

そして沖縄と言えば…首里城!

   

(取材・文・写真/Hinata)

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