一期一会。きっかけはだけど、どうであれさ。もう一歩、もう一声関わり合いたいと思ったんだ。観光客が観光地を訪ねている現状はもう変わることはないだろうし、それならそれで、どう訪ねてどう関わるかだよね。
観光スタイルは様々だ。例えば、ワークショップ的に彼らの生活の中に入り込んで文化を学んだり。そこで彼らの素晴らしさの本質を学ぶことができれば彼ら自身も、自分たちの暮らしに揺るぎない誇りを持つことができるし、私たちにとっても本来の日常そのままの彼らと出会えるから、普通に観光をする以上に濃厚な思い出が残る。
先住民族の彼らが「自分たちらしい時間」を保てるかどうか、そこに関わってくるのが「経済」というものへの観点だと思う。お金というものをどう捉えるかによって、選ぶ生き方も変わってくるよね。それは私たち全員に当てはまることでもあるんだけどさ。
そして、そんな経済と深く関わるのがこどもの教育。「世界中のこどもたちに教育を」というのは、国連の方針ってだけでなく常に言われていること。だけどその一方で「教育」によって、アイデンティティーそのものを失ってしまっている…そんな現実もあるということが否めない事実としてあるんだ。
というのも。「スクーリング・ザ・ワールド」という映画を船内で見たんだよね。そのドキュメンタリー映画では、こどもの教育の奥にあるもうひとつの側面が描かれていた。
教育はホントに必要か?必要でないか?昔からの生活スタイルまでもを根本的に変える可能性がある「教育」。先住民族が守ってきた素朴な生活にとっては、果たしてどうなんだろう。
生きていくために必要なものは、衣食住だ。昨日のアンティグアもそうだけど、それらを直接的に自分たちの手によって生み出すことのできる彼らはとても自立していて、生き残る術をしっかりと身につけている。
本来、私たちが学ぶべき単純な姿がここにあるんだけど、現代は生きるための行為の真ん中にお金というものを介在するっていう、そういう複雑なシステムになっているのが実状だ。