美味しい店は必ずいい匂いがするんだ。さっきから狭い道を行ったり来たりする間に、その美味しい匂いに思わず何度も振り返ってしまう店があった。魚介のスープにハーブが混じったような匂いが漂う店内は、お昼時とあって沢山の人で賑わっている。入り口から覗いてみた感じは狭そうなんだけど、どうやらその賑わっている奥にもうひとつ空間があるようだ。
人が少なくなる時間を見計らって、その奥の空間に足を踏み入れてみた。食事を楽しんでいる家族のテーブルに並ぶ丸ごとの魚料理と、壁のないオープンなデッキ席からの、視界いっぱいに広がる海と街並み。座っていても見えるその絶景を横目に、ハーブたっぷりの美味しい地中海料理を味わえるなんて。友人と数ある種類のメニューからかなり吟味して注文、そしてビールを片手に満面の笑顔で、地中海に乾杯!私たちの心と身体は幸福感たっぷりに満たされていった。
予想通りの美味しさに満足しきった私たちは、レストランの椅子にもたれながら眼下に広がる穏やかな海を見つめていた。サントリーニ島の白と青の深遠なコントラストの素晴らしさは、見ていてもいつまでも飽きることがない。時間が経てばたつほど心は遠い所までどこまでも誘われ続ける。
ふと、海の碧色を見ていて思い出した。「グラン・ブルー」という昔の有名な映画のこと。美しいインディゴの海がスクリーン一面に広がっていたっけ。映画の始まりのシーンは白黒だったんだけど、そのシーンはギリシャのアモルゴス島という場所で撮影されていたらしい。調べてみたら、サントリーニ島からすぐ隣にある島だった。若き日のジャン・レノ扮するエンゾと、ジャック・マイヨールという実在していたフリーダイバーの物語だ。
その映画には素敵な要素がいくつかあった。世界の何ヶ国かで撮影が行われていたので劇中で旅してる気分になれたり、海のずっと奥深くまで潜っていったり…海辺でのシーンも数多くあって海の世界を思う存分堪能できたんだ。中でも特に印象的だったのは、ジャック・マイヨールという人の持つ世界観。
風景の透き通るような美しさと淡々としたストーリーの奥にある、深遠な心情とのコントラストがホントに切なくてさ。そして何よりも、美しい景色と相まって展開していく物語の最後、印象的なラストシーンが忘れられなくて…思い出すと心がぎゅっとするような素敵な映画だったよ。