ようやく到着したウシュアイアの街はこじんまりとして可愛いかった。ここは山も海も近くて、穏やかな何かに守られているような気がするんだ。雪の国なんだけど険しさをあまり感じなくて、ふわりと優しい雰囲気。
寒々しい場所なはずなんだけど心地いい。不思議な場所だなぁってぼんやりと思いながら街を歩いてたら、ゆっくりと雲がきれて晴れ間が見え始めて、そしたら。見上げると空には大きなアーチ型の虹が…うわあって驚いて、ひとときそこで立ち止まったまま眺ていたんだ。薄っすらと虹の上にもうひとつ。ダブルレインボーがウシュアイアの空を明るく彩っていた。
そんなお出迎えに癒されてまた足取りかるく歩き始め、ウシュアイアの街をあちこちと散策していく。美味しそうなチョコレートや、アーティスティックなマテ茶のストロー、最果ての国グッズに至るまで様々なお土産物がわんさかあるこの並びは、どうやらメインストリートのようだ。
港の近くまで戻って行くと、ハンドメイドショップが並ぶ小さなマーケットに迷い込んだ。そこは観光のお店からはなれた所にあるコミュニティーのような空間で、店先には手づくりアクセサリーが並んでいて何とも個性豊か。
その隣の広場でイベントが行われていた。ここはどうやら地元民だらけのようで、小さな子供がそこら中を走り回っている。ステージに立って身振り大きく歌いあげるおじいさん。歌もギターも情熱的で美しく、しみじみと聞き惚れてしまう。この素敵なおじいさん達は伝統曲以外に、ウシュアイアの曲を自作したものも歌っていたんだ。自分の国をとても愛しているんだろうね、彼の表情からそれが伝わってくる。
夜遅くまでステージは続き、私たちは寒い中ホットワインをご馳走になりながら、心温まる「ウシュアイア感」をじんわりと堪能したんだ。
出航の朝。船のデッキからウシュアイアを見渡す。晴れわたる空に、純白の雪混じりの山並みが遠くまで照らされている。透明感のある空気が美味しい。ここに到着してからずっとそれを吸い続けていたからか、体の中はスッキリしていて新しい何かと入れ替わった気分だ。
出発の時間が来て、船はゆっくりと港をはなれていった。風はどこまでも透き通っていて、空は青く、緑は深く、雪は光るように白い。頭の上ではカモメたちが一斉にとんで私たちを見送ってくれている。船の最上階のデッキから見渡せる山々、穏やかに静かなる自然。ウシュアイアの大地から、こんなにも満たされている自分を感じる。
空高く昇っていった太陽が、海面に光を投げ込んで反射させている。街はもう、光の向こうがわに消えてしまって何も見えない。何だか離れがたくて船の最後尾へまわり込む。
カシャリ。最後に一度だけシャッターを切る。ファインダーから目を外し、遠ざかる美しい山並みをいつまでも眺めていたんだ。