美味しいものを食べながら旅できる食堂車両があるのを発見。サンドイッチに大粒のオリーブ、ミニシャンパンボトルなども付いていて、更に旅感を深めながら車窓の旅を楽しめるようだ。
汽車は速すぎず遅すぎず、快適な早さを保って走り続けている。ともすると、目の前に水源地帯が広がった。向こう岸にはたくさんの流木が横たわっていて、時の記憶を漂わせている。冬の頃、雪に覆われた木々たちがその役目を終えて、春の雪解けと共にここまで流れたどり着いたのだろう。
開いた窓の外から流れ込んでくる、雨で少し湿気の混じった空気は、土の匂いをほんのりと車内まで届けてくれている。ファインダーを覗くと、レンズに小さな雨粒がポツリと円を描いた。
雨を従えて山はうっすら白く姿をほのめかし、色濃い緑はしっとりと濡れながら雨をその体全体に吸い込ませている。大地の水を含んだ少し重量ある空気は、喉を通って私たちの中にもやってくる。この呼吸感。雨の日にしか味わえない、大地からのちょっとしたギフトだね。
山並みは続き、果てしなく何もない大地が通り過ぎてゆく。何もないんじゃなくて、ホントは全てがある…その大地に必要なものが。ここから私たちの暮らす社会を見たときに、どれだけのものが生きるために必要なものとして選び取れるのだろうか。
汽車は走り続ける。広大な大地に点々と歩く馬たち。次第に汽車はゆっくりとスピードを落とし始め、木が並々と連なる林を抜けてやがて終着駅へと到着した。ここで汽車は、方向を変えて元来た駅へと引き返し戻っていくようだ。
私たちは国立公園内を歩きはじめた。道は車も通れるように整備されていて意外と歩きやすくなっている。さて、どんな道のりとなるんだろう。
所々に、森の中へと誘う看板と小道がある。この近辺だけを散策したい人はここをのんびりと楽しむのもありだ。私たちはひたすら奥の地へと向かう。そこには広がる湖と美しい雪を纏ったウシュアイアの山並み、そして美味しいレストランが待っているという。
時間をかけてゆっくりと道を歩く途中で、巨大なオブジェのような根っこを見かけたよ。枯れたその根の上には草や苔がささやかに色を添えていて、生と死の間にあるやり取りの、境目のなさを物語っていたんだ。そうやって気が遠くなるほどの時間の流れの中で、静かにいのちは入れ替わっていくんだね。
ちょっとだけ探検してみようと、駅から続く広い道を外れて狭いけもの道にはいってみる。少しあやふやな道だけど、確かに誰かが歩いている跡が細い道になっていた。誰もいないはずの奥の草むらにふと、気配を感じて耳をすます。何かがこちらに向かって近づいてくるようだ。ジッと見ていると、長く伸びきった草むらの奥からスッと小さな顔が覗いた。