道端に山と積まれた色鮮やかなフルーツや、見たこともない姿形の魚たち。真剣な表情で下処理の包丁を入れる横顔や、昼からビールが入ったとびきりの笑顔。
食の原風景が残された場所に飛び込み、ふと差し出されたものを手から手に受け取って口にすれば、心まで満たされる、その土地の”まるごと”が味わえます。
ピースボート第93回クルーズで見つけた、土地を味わうローカルフード、後編はチリ・プンタアレナスを皮切りにお届けします。
チリ・プンタアレナス チョリパンとバナナミルク
プンタアレナスの飲食店の中で一番人気(トリップアドバイザー調べ)はこのキオスク。せっかくだからNo.1に行こうと地図を片手に探していたら、何やら人で埋まったお店を発見。試しに近づいてみると、探していた「Kiosko Roca」だったのです。目印になるような看板はありません。
常に満員だから、これ以上目立つ必要がないのでしょう。
入りきれない人は外のベンチで。
ここで食べられるのは、素朴なパンにチリソースとチョリソー、チーズなどを挟んだ「チョリパン」と、バナナミルク、コーヒー、紅茶のみ。
狭いカウンターで隣の人と肩を寄せあうようにして食べます。
子どもからお年寄りまで、朝ごはんに、おやつにも。気づくとついつい寄ってしまう何かがあるのだろうと思います。
美味しさよりも、その人気ぶりに驚いたローカルフードでした。
ペルー サボテンの実「トゥナ」
マチュピチュ村の市場にて。市場の壁沿いに仲よく並んで、野菜の下処理に勤しむお母さんたちの写真を撮らせてもらっていたら、「これ食べな」と手渡してくれました。
何だかわからいままに、鮮やかなオレンジ色に惹かれて口に含むと、スイカのようにシャクシャク&ジューシーな食感で、みかんのような爽やかな甘さ。後から調べると、「サボテンの実」でした。初めて食べた。下の写真の、左下の角にひとつだけ写っている緑色のフルーツです。
世界的に有名なマチュピチュ遺跡の城下町のように栄えるマチュピチュ村でしたが、市場の風景は観光地化する前と変わらないはず。黙々と働くお母さんたちを見ると、なぜだかホッとします。
ペルー SOPA DE GALLINA
こちらはその市場の片隅にあったオープンカウンターのお店。
仲の良さそうなご夫婦がこじんまりと営んでいる雰囲気が最高で、ついつい引き寄せられてしまいました。
本日のメニューはこちら。「SOPA DE GALLINA」は「チキンのスープ」。
後から調べたら、CHILCANOはペルーの国民的蒸留酒、ぶどうを発酵させた「ピスコ」のジンジャーエール割りでした。飲めばよかった。
SOPA DE GALLINAらしきものを食べていたので「それちょっと食べさせて」と図々しくもお願いすると、「美味しいよ」と快くOKしてくれたコロンビア人カップル。演奏旅行中だというダンサーとミュージシャンの二人でした。味見すると、チキンの骨つき塊肉がゴロッと入って美味しかったので、同じものを注文。
ライムをたっぷり絞っていただきました。スープをすするとホッとするし、食べ応えのあるお肉とパスタ、じゃがいもも入ってお腹もふくれます。あっという間に食べ終わるのに、たいへん満足。さすが南米。お肉の切り方が豪快でした。日本の市場に、こんな感じの麺入り味噌汁スタンドがあったら、外国人観光客は喜ぶのではないか、などと妄想してしまいました。
タヒチ マルシェのチョップドミート
タヒチ・パペーテでは、寄港が日曜日にあたったため、週に一度の朝マルシェを楽しむことができました。タヒチでは、「マア・タヒチ」といって、毎週日曜日に家族が大勢集まり、日がないちにち、料理しては食べたり飲んだりするのだそうです。そのための買い出しで、マルシェはまだ暗いうちから大にぎわい。
目立っていたのは、塊のまま焼きあげたチキンやポークを、その場でチョップして売るお店の数々でした。
店主たちが振り下ろすナタの迷いのなさや、職人肌の真剣な表情、面白いようにカットされていくお肉を見ているうちに食べたくなるのは必然。
「ちょっと買いたい。ちょっとだけ!」と身振り手振りで注文。旨味がぎゅうぎゅうに詰まっていました。
そして、「100%だよ、no sugar!」と笑顔の優しいファミリーが売っていたジュースも入手。
写真を撮るのを忘れてゴクゴク飲み干しそうになったほどの、感動的な美味しさでした。
透明なペットボトルに詰めただけの状態で売られていたこのジュース、大げさでなく、人生で一番、美味しかったかもしれません。南太平洋に降り注ぐ太陽の恵み。そのもの。それだけ。
タヒチ ポワソン・クリュ
パペーテでは家庭料理「ポワソン・クリュ」もいただくことができました。現地在住の友人に、「ポワソン・クリュ」が美味しいお店は?と尋ねたところ、「ポワソン・クリュ」は外食で食べるものではなく、家でつくるものだそうで。
親切にも、友人の友人のおうちでつくるところから楽しませてくれました。
ココナッツを割り、殻にはりついた果肉の部分を専用のシュレッダーで削ぎおろして、ミルクを絞ります。ココナッツミルクってこんなふうにつくられているのですね。
マグロのぶつ切りときゅうり&トマトの薄切りを、塩とココナッツミルクとライムで和えただけのシンプルな料理ですが、それぞれの個性が絶妙にマッチしていて、「これは定番料理になるわけだ」と納得の美味しさでした。ライムも生搾り。レストランで食べるより、こうしておうちで手づくりするのが一番美味しい、というのも頷けます。
使うのは、先に紹介したマルシェで売られているシンプルな食材だけ。ポワソン・クリュは、生粋のタヒチアン・ローカルフードなのでした。
観光客として見知らぬ土地を訪れる時、そこには必ず、観光客用にお膳立てされたものを食べる当たり前があります。そういう目に見えない仕切りの存在を知りながら、それでも少し、遠慮がちにはみ出して、自分の足で越境を試みる。すると踏み越えた先には、土地の人と同じものを食べて、一瞬だけその土地に溶け込めたような気持ちになる得難い感覚があります。絶対の満足が約束されていなくても、旅先での食の楽しみや「美味しい」って、そんな感じのことなのではないかと思います。
(取材・文・写真/浅倉彩)