南極、アフリカのサファリ、マチュピチュ、タヒチなどなど、一生に一度行けたらガッツポーズでYES!と叫びたくなる魅力的な旅先がてんこ盛りだったピースボート第93回クルーズ。長い航海の末にたどり着いた目的地には、青と白の世界、緑の大地で気高く生きる野生動物、滅び去った帝国の史跡、そして地上の楽園との邂逅がそれぞれに用意されていて、一生分の感動を使い果たしたかもしれません。
そんな中、並み居る強豪が与えてくれた感動に匹敵する食体験が待っていたのが、ペルー・リマで訪れた一軒のレストランでした。レストランでのたった一度の食事が、世界的観光地と肩を並べるなんてありえない!と思ってしまいますが、世界は思ったよりもずっと広く奥深いようで。
お店の名前は「Astrid y Gaston」。ペルーを美食大国に押し上げ、世界中で11コンセプト・約50のレストランを展開するスターシェフ ガストン・アクリオがお膝元で営む看板レストランです。1994年に創業し、開業20年を機に移転。現在は17世紀に建てられた美しい洋館「CASA MOREYRA」に居を移し、セカンドシーズンへの華麗な展開を見せています。
日本でも配給された映画「ガストン-美食を超えた美味しい革命-」(原題は「BUSCAND A GASTON : ガストンを探せ!」 )では、自国の自然と農家や漁師、後に続く料理人の卵たちとガストンが敬愛の念で結ばれている様子がありありと表現されていて、映像から溢れ出る愛情に不覚にも涙してしまいました。
映画のタイトルと同様に、「Astrid y Gaston」で提供される一皿、一皿は、ただの美食ではありません。
「Astrid y Gaston」は、2011年に初めて「The World's Best 50 Restaurants」の42位にランクインしてから2017年まで、ずっと50位以内をキープしているのですが、特筆すべきは2013年に「Central」、2015年に「Maido」と「Astrid y Gaston」以外のペルヴィアン・レストランが続々と初ランクインしたこと。
2017年は5位「Central」、8位「Maido」、33位「Astrid y Gaston」となり、リマのレストランが3年連続で3店舗ランクインしているのです。ガストン・アクリオが牽引し華開いた「ペルヴィアン」というジャンルが、ガストロノミーの世界で確固たる地位を確立した証、と言えるでしょう。(ちなみに、東京からランクインしている常連レストランは2店舗。)
遠く海と空に隔てられた日本でガストンへの憧憬を募らせていたわたしは、かくして4日間あったペルー寄港の1日を「Astrid y Gaston」に捧げ、料理人たちが表現したお皿の上の物語を堪能しようと心に決めたのでした。
「われわれがつくる料理はストーリーの結末」
ここからは、映画でガストンが語った言葉とともに、プリフィクスランチを一皿ずつ、ご紹介します。
ホタテのピスコマリネ
南米を代表する地酒「ピスコ」のアイスフレークを目の前でかけてくれる、粋な演出からスタート。盛り付けは、海で海藻にうもれた貝殻をふと手に取ったら中から宝物が出てきた、という趣です。身がキュッと締まったホタテの甘みにパクチーとピスタチオとバニラのソースが清涼感をプラス。夏にぴったりの前菜でした。
「ペルー人にとって料理というものは、喜びや楽しさを味わう手段ではなく、国の新しい象徴なんだ」
イシモチのセビーチェ
ペルヴィアンに、やはりセビーチェが欠かせないのでしょうか。ガストンは「ラ・マール」というセビチェリア(魚介類専門店)も展開しています。漁獲量は中国に次いで世界第2位。生でいただくお魚がソウルフード、というところ、日本と共通していて親しみを覚えました。
「魚はこの大きさになるまでに何年もかかった。
料理人は海の命をもらう立場だ。
素材の命に敬意を払え。
それができて初めて素材を生かした料理ができる。」
卵の天ぷらをロブスターと
3皿めは、天ぷらでした。
外務省のウェブサイトによると、「ペルーは日本が中南米で最初に国交を結んだ国であり、南米で最初の日本人移民先でもあります。現在、ペルーに暮らす日系人はおよそ9万人。」
110年前から始まった移民で海をわたった先人たちと、異国の地でめぐり会ったような不思議な感覚。添えられていた魚卵らしきプチプチと、天ぷらの衣のカリカリ、黄身のとろりとエビのプリプリが重なり合い、ソースも繊細な味。料理人としてのキャリアをル・コルドン・ブルーで始めたガストンの、フレンチシェフとしてのセンスが透けて見えたひとさらでした。
「本やWebサイトでみた料理をつくるのではなく
君のセンスで料理しろ 美味しいと思うものをつくれ」
北京ダック風ギニアピッグ
ペルー料理では、昔からギニアピッグと呼ばれるモルモットのような動物が食べられてきました。それを北京ダックの味つけでいただく創意。
「レストランを開いてからも最初はフォアグラや高級食材を使ったフランス料理を出していた。
そうしたら、次第に虚しくなった。
本当の自分を見失っていた。
次世代に伝えなければならない自国の文化があるのに。
新しいペルー料理の境地を開拓して、
夢のような食の体験を世界に発信しようと決めた。
シーフード・カウカウ餃子
お品書きを直訳すると、「カヤオに住む日系ファミリーのシーフード・カウカウ餃子」。カウカウはハチノスとじゃがいもを玉ねぎやにんにく、唐辛子やスパイスなどで煮込んだペルーの郷土料理です。それがカヤオに住む日系ファミリーの手でシーフード餃子にアレンジされた、ということでしょう。「文化の融合」が結実したようなひとさらです。
「ペルーには、何世紀にもわたって移民を受け入れてきた歴史と食文化の融合がある。
中華料理とペルー料理が融合して”チーファ”ができた。
和食と融合して”NIKKEI”ができた。」
ハタのソテーと多彩なコーン
南米が原産とされるとうもろこし。原産地に近いペルーでは、日本では見られない何種類ものとうもろこしが栽培されています。日本人にとってのお米や魚がそうであるように、ある食材を食べつけるほどに人々の味覚は冴え、品種による味や食感の違いがわかるがわかるようになるもの。何種類ものとうもろこしが盛り付けられたお皿には、ペルー人ととうもろこしの深い絆が現れているようでした。
「私たちは、ストーリーの語り手であろうと決めた。
ペルーやラテンアメリカの食の豊かさ、すばらしき文化の融合の。」
子豚の丸焼き カラプルクラ添え
締めくくりのひとさらは、カラプルクラという郷土料理と子豚の丸焼きのマリアージュ。カラプルクラは、乾燥じゃがいもを使った素朴な家庭料理です。日本に置き換えれば、和牛のステーキに切り干し大根を添えたような趣向かもしれません。
映画のワンシーンに、ガストンの訪問を心待ちにしていたある村のお母さんが自慢の手料理を食べてもらう場面がありました。ガストンはソースを「すごく美味しい」と絶賛し、すぐに「うちのレストランのシェフにこのソースのつくり方を教えてください。シェフからは、レストランのすべてのメニューのレシピをあなたに教えます」と申し出たのです。
コースの最後に添えられていた「カラプルクラ」からは、料理を通してペルーという国、自然や人々の手で受け継がれてきた文化を伝えようとする、ガストンの哲学を感じました。
世界でもっとも予約のとれないレストラン「NOMA」のシェフ レネ・レゼピをして「ペルーを旅するとわかる。あの国はもはや料理大国だ。」と言わしめたペルー。その一丁目一番地が「Astrid y Gaston」です。お皿の上に凝縮された、ペルーじゅうの自然と文化の真髄を体験できるこのレストランにぜひ、一生に一度は訪れてみてくださいね。
(取材・文・写真/浅倉彩)