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ラトビア・リガの現在と過去に触れる旅【ピースボートの旅ブログ】
ピースボート第94回クルーズは、北欧を周りながら地球一周する105日間の船旅。「ピースボートの旅ブログ」では、世界一周団体TABIPPOとピースボートのコラボ船上プログラム「TRAVELERS BOAT」のメンバーが、寄港地や船旅の様子を感じたままにお伝えします。
大学卒業後、運送会社の総合職として勤務し、5年目を迎えた2017年の4月から休職をしてピースボートに乗船している岐阜県出身の松岡叶子さん(26)。
大学時代に、台湾・韓国・フランスへ旅行したり、フィリピンのセブ島で孤児の子どもたちと生活を共にするボランティに参加した経験から、もっと色んな国を見てみたくなりました。街中に貼られているピースボートのポスターを見る度に、『一回で色んな国に行けたら楽しいだろうな。いつか行けたらいいな。』と思っていたそうです。
 
社会人になって偶然出会った方と世界一周の話をした時、『人生変わるよ』という一言が印象に残り、お金を貯めて絶対行こうと思いながらこれまで働いていました。
仕事にも大分慣れ、ずっとこのままでいいのかなと悩んでいた頃、TRAVELERS BOATなら70万円で世界一周に行けると知り、「今だ!」と乗船を決めたそうです。
 
『今まではやりたいと思っていても、やっぱりいいかと諦めたり後悔することが多かったけど、そんな後悔をしたくない!』という強い思いが、彼女の世界一周への決断を固くしました。
『消極的で、なかなか自分から積極的に話しかけるのが苦手。でもこの船では友達をたくさん作り、語り合い、自分の視野を広げていきたい。』と話す叶子さん。ラトビアでは過去の歴史に触れる旅をしてきたそうです。

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バルト三国の一つ、ラトビアのリガに寄港しました!
 
いつもは自由行動が多い私ですが、今回は初めてピースボートのオプショナルツアーに参加しました。
参加したのは「リガ旧市街と旧ソ連時代の歴史にふれる」というツアー。
ツアー工程は次の通りです。
 
・街中が世界遺産となっているリガ旧市街の観光
・KGB(※)博物館見学
なぜ今回このツアーにしたのかというと、「訪れる国の、過去の歴史を知ることで、よりこの国のことを深く知れるんじゃないか」と思ったからです。
今日は、私が見てきたリガを皆さんに写真と共にお伝えします。
※KGB・・・ソ連の秘密警察機関のソ連国家保安委員会のこと。

 

世界遺産、リガの旧市街へ

まずはじめに、世界遺産に登録されたリガの旧市街へバスで向かいました。
車窓から外の景色に目をやると、公園があちこちにあることに気がづきます。

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芝生が多く、午後にはのんびりしてる人たちがいて、「日本にもこんな風景がたくさんあったらな!」と思いながらバスに揺られていました。

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まず最初に訪れたのは自由記念碑!
この自由記念碑は、第一次世界大戦後にラトビアの独立を記念して1935年に建てられました。
教育と家族を象徴しているようです。

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この建物は古い要塞の壁を利用して建てられており、ガイドさんによると表側しか屋根がないのだとか。

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また、外観に植物や花などが装飾されているアールヌーボー建築も沢山並んでいました。

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次に向かったのはリガを代表する建築と言われているブラックヘッドの会館。
外観に装飾されたこの時計は、月、日、時間と月齢が分かるようになっているみたいです。

 

可愛いお土産がたくさん!!

琥珀も有名なリガの街。

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なんと、3000万年も前から琥珀が沢山眠っているようです。

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お土産屋さんには、そんな琥珀を使ったアクセサリーが目移りする程たくさん並んでいました。

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中には琥珀のマグネットもあり、リガを訪れた記念に私も一つ購入しました。

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他にも、旧市街を思わせる建物の置物や雑貨もあり、とても可愛かったです!
なんと言っても、物価の高い北欧に比べて比較的物価が安いのでオススメです!

 

『負の歴史』を訪れる

さて、ここまでは美しいリガの風景、建築、そして、お土産など、リガの現在を見てきました。ここからは、リガの過去に触れに行きます。
リガには、ソビエト連邦(ソ連)に強制的に併合されていた過去があります。当時、住民はみな監視下に置かれ、あらゆる自由を制限されていたそうです。

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旧市街を後にした私たちは、まずは古い駅舎と強制連行記念碑へと向かいました。

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ここには、ラトビア人がソ連のシベリアへ連行された時に使用された貨車がありました。
動物を運ぶための貨車だったようですが、当時はこの貨車に多くのラトビア人が乗せられ、シベリアへ2週間かけ連れて行かれたそうです。しかもなんと、8万人ものラトビア人が連れて行かれたとのこと。

実際に使用されていたものなので、歴史をリアルに感じることができました。本当にこのようなことが行われていたのだと実感し、衝撃を受けました。
現在も使われている古い駅舎には、当時の貨車がそのままあり、『負の歴史』を忘れないように残されているのではないでしょうか。

 

KGB博物館でみた当時の人々のリアル

昼食後はKGB博物館の見学へと向かいました。
博物館の中は外の気温とは違い、とてもひんやりしていました。もともとは住宅用に作られた建物ですが、当時は仮設の刑務所として使用されていたそうです。

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ラトビアの人々はここで尋問され、何かしらの理由をつけて罪人とされ、刑務所に入れられていました。

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刑務所では一つの部屋に何十人も収容され、室内は40度近い温度にされていたようです。窓も光がほとんど入らず、その場にいるだけで息苦しさを感じるような場所でした。

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これは刑務所の台所の様子です。
ガイドさんによると、朝と夕方はお湯一杯、そして、50%の小麦と、50%の木くずで作られたパンを食べさせられていたとのこと。また、節約の為、調理に使用されるお湯は使い回しされていたようです。衛生面も悪く、栄養不足だった人が多かったのではないだろうか?と感じました。

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ここは運動場だそうです。
運動場と言っても、とても狭く、高い壁と、鉄格子で囲まれていました。唯一外の空気が吸える場所で、面会に来た家族からタバコをもらい、多くの人が喫煙していた場所。閉鎖された空間で、十分にのびをすることもできず、自分がもしここに閉じ込められたら・・・と想像しただけで、気がおかしくなってしまいそうでした。

 

リガの過去に触れて

このツアーに参加し、KGBに捕まった人々が実際に生活していた場所を訪れ、ガイドさんの話を聞くことで、現在のリガの姿からは想像ができないような、『負の歴史』を知ることが出来ました。
自由行動をしていたら、美しい街並みのリガしか知ることが出来なかったたかもしれません。
きっと、私が知らないだけで、世界にはこのような歴史は沢山あるのだと思います。
どの国にもある歴史。まずは、それを知ることで、その国を知る第一歩になるのだろうと、考えさせられる1日となりました。
(取材・文・写真/松岡叶子 編集/原田ゆみ)