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【リアルパッセンジャーレポート】私たちが水平線と語り合ったこと。
旅の終わりが目前に迫った太平洋の上から、素敵なレポートが届きました。ハワイイを出航し、日本に向けて航行中の第92回クルーズからはじまった、世界一周団体TABIPPOとピースボートのコラボ船上プログラム「TRAVELERS BOAT」。一般乗船者でもあるトラベルライターが、フレッシュな旅のレポートをお届けします。旅の最中にしか書けない「リアルパッセンジャーレポート」をどうぞご覧ください!

 

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リアルパッセンジャーレポート第8回を書いてくれたはらちゃんこと原田ゆみさんは、大阪生まれ大阪育ちの28歳。高校2年生の時にニュージーランドへ1年間留学したことがきっかけで海外に興味を持ち始め、就職後もロンドン、カンボジア、インド等、定期的に旅をしながら生きてきました。6年半のOL生活の後、関西ベースLCCの客室乗務員に転職。29歳になる今年、「自分の人生このままでいいのか」と悩みの壁にぶつかっている時、ピースボートセンターにて行われたトークイベントに参加したことが全ての始まりでした。このトークイベントがきっかけで、「もっと色んな人、世界、価値観に触れたい」と心の中の声に気づき、会社を退職して乗船を決意。旅に出るなら自分の感じたことを沢山の人に発信していきたいと、リアルパッセンジャーズレポート第1回では「ジャグリングの世界チャンピオンからもらった忘れたくない言葉たち」 第2回では「浴衣でお出かけ♬ in マルタ島」を届けてくれました。
3本目となるはらちゃんレポートは、船の上で育まれた友情の物語です。3ヶ月半の船旅だからこそ得られた、ゆっくり語り合った多くの時間の軌跡を、どうぞご覧ください。

 

「この人は一体なにもの!?」

 

ピースボートの中にはお子さまを連れたママさんスタッフも乗船している。 ママがお仕事中、子供のお世話のためにベビーシッターとして乗船しているMicoちゃんこと花坂美里さん。 私がMicoちゃんの存在を知ったのは、船内で行われた芸達者祭。舞台上で披露された歌声は全観客を魅了していた。

 

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「この人は一体なにもの?」と興味を持った私は、Micoちゃんに話しかけた。それが、はじまり。 彼女は現在上海に住み、大学院で中国語の教員課程を学びながら子供にピアノを教えたり、ベビーシッターをしている。また、2012年にはCDデビューを果たし、歌手としての顔も持つ。彼女はこれまで、一体どんな人生を歩んできたのだろうか。

 

自由になって開花した音楽の才能

 

Micoちゃんは、7歳でピアノを習い始めた。与えられた課題曲をただ弾くだけのレッスンに楽しさを見いだせないまま9年が経過。高校受験の勉強に専念するためにレッスンを辞めて初めて、自分の好きな曲を好きなだけ弾けることの楽しさに気づいたという。「自分のことを歌で表現でき、それを聴いてくれる人がいることの喜びを知り、自由になった瞬間に、音楽への情熱が開花したように感じた」と当時を振り返る。夢中になって作った曲を学校の友達が「美里の曲が聴きたい」と言ってくれるのがとても嬉しく、当時は友達のために曲を作り続けていたという。

 

自分自身を見つめるきっかけになった上海留学

 

そんな彼女が上海に渡ったのは大学進学の時だ。高校3年間で学んだ中国語を思っていたほど習得できていなかったため、「日本にいては何も変わらない」と上海に行くことを決意。初めて親元を離れ、しかも国境を越えた異国での生活は彼女に大きな影響を与えた。 上海で最初に衝撃を受けたのは大学での授業だった。先生が話している最中も、手を挙げ自身の意見を述べたり質問をする他国の学生たち。一方、意見を求められても何も言えず、「他者の意見と同じ」と答えることしかできない自分。この時初めて、「本当に自分は自分の頭で考えてるの?」と疑問を持ち始めた。 自分自身を振り返った彼女は、小さい頃はどんなことでも「何で?何で?」と質問ばかりしていた子供だったにもかかわらず、成長していく教育環境や家庭環境の中で、いつの間にか考えないことが習慣となり、長いものに巻かれて生きてきたことに気づいたという。

 

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どうしていいかわからなくなった彼女は、自分が何を考え、何を感じているかを知るために、まずは自分に「Yes」か「No」かを問いかけることから始め、少しずつ自分自身と向き合いながら上海生活を送った。

 

東日本大震災への思いがデビューのきっかけに

 

そんなさなかに発生した2011年3月11日の東日本大震災。ご家族がいる岩手県も大きな被害を受けたことを上海で知った。地震発生時、ご家族の安否がすぐに確認できずに不安な夜を過ごしたという。幸い、ご家族は無事だったが、「被災地のために離れた上海から自分も何かをしたい。」という思いから、音楽を通してチャリティー活動を始めた。被災地で母親を亡くした男の子を歌った「ママにあいたい」という曲もつくった。その後、被災地のリアルなエピソー ドと、人として大切にしたいことを、少しでも多くの方に伝えるべくCDデビューを果たした。

 

自分を見失った人生のどん底期

 

一見華やかな人生を歩んでいるように見えるかもれしれないが、そんなMicoちゃんに人生のどん底期がやってくる。中国語を教える教員になろうと大学院に進学するも、教育実習で実際の教育現場に違和感を覚え、研究意欲を失い、大学院の卒業を延期することに。この決断を、両親をはじめ周囲から受け入れてもらえず、また同時にメジャーデビューをしたものの、その後の歌手活動を十分にできていないことに対しても度々咎められた。
「チャンスを手にしているのに活動をしないなんて何をしているの」「大学院の卒業がどうしてできないの」。この言葉を浴びせられる度にストレスを感じ、ショックを受け、自己嫌悪に陥ったという。自分の存在価値がわからなくなったどん底期。「自分がいなくなることが答えだ」と思い至った時、「この状態から抜け出さなければ」と気付き、「自分で自分を認めてあげなければ」と目覚めた。
どん底期の彼女を救ってくれたのは、「あなたは大丈夫」とずっと信じてくれた友人、「自分はすごいってことに気づいた方が良い」と言い続けてくれた先輩だったという。

 

どん底期から気づいた子供との関わり方

 

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このどん底期を経験し、両親や周囲の言動が大きな影響力を持っていたことに気づいたMicoちゃんは、子供との関わり方について考え始めた。それからは子供がテーマのコミュニティーに参加したり、子供にピアノを教えたり、ベビーシッターをするなど、実際に子供に関わるように。そうして出会ったのが、今回のクルーズのピースボートスタッフである岡本美香さんだった。上海で美香さんの子供たちをベビーシッターしたことがきっかけで、乗船に声をかけてもらった。子供たちと接する上で大切にしていることを尋ねると、Micoちゃんは「子供を信じてあげること」と、優しい瞳で語った。

 

船旅で気づいた大切なこと

 

船上ではベビーシッターの傍ら、芸達者祭で歌を披露して以降、船内のピアノバーで単独ライブを行ったり、船内イベントでピアノ伴奏をしたり、子供たちと一緒に歌ったりと音楽を通して様々な場面で活躍しているMicoちゃん。最後の寄港地ハワイイでは、出港式に合わせた野外ライブを企画し、私たちに歌声を届けてくれた。

 

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私とMicoちゃんは友達になった。船の上で、時間を見つけてはお互いの悩みや今後の人生について沢山語り合った。どん底期を抜け出したものの、今後どのように進んで行けばいいのかまだ先が見えなかったMicoちゃん。一方、それまでの社会人としての日常から一度距離をおき、自分を見つめなおしたいと思ってピースボートに乗船した私。漠然とした未来への希望はあるけれど、何から始めたらいいかわからずにくすぶっていた私たち。
船旅が間もなく終わるというこの時期に、お互いのこれまでを振り返り、彼女はこう語ってくれた。「大切なのは『体験意欲』と『周囲の人』」どんな景色もどんな出来事も、自分がそれをどれくらい身をもって経験したいのか、また、その一瞬一瞬を誰と共にするのか。この二つが最善の状態でマッチしたとき、想像以上の感動と感謝の気持ちが生まれる」また、彼女はこの船旅で歌い続けて、自分の人生にとって歌が必要不可欠なものだと気づいた。
生きてきた場所は違えど、同じように自分の存在価値について悩んできた私にとって、彼女との対話は共感できることが多かった。 悩みながらも進んでいく彼女の姿を見て、私自身も悩んでも前を向いて動き続けて行こうと決意した。船旅を通して、大切にしたい一人の「同志」に出会えたことに、改めて心から感謝したい。

 

(取材・文/原田ゆみ 編集/浅倉彩 写真提供/原田ゆみ)