リキシャの中でチャイから色んな話を聞いた。マッサージの勉強をしているとか、オイルマッサージだからそのオイルも原料から買い付けて自分で調合しているとか。私もマッサージの仕事やってるんだよと言ったら、その原料屋さんに案内してくれてさ。
パッと見、そこがスパイス屋さんだって気付かない倉庫みたいな空間。室内に大量に放置されている麻のズタ袋には、木の皮や根っこのようなものがパンパンに詰まっている。「ここにあるの全部、スパイスやオイルの材料だよ。」インドという国が大地から受け取っている恵み、その原料の山を前にして通して伝わってくるのは、この国が持っている本質的な豊かさだった。
それにしても、ランチを食べてからまだ一度もSちゃんと会っていない。ちょっと心配になって「そろそろ合流したい」と頼むと、携帯でやり取りして約束を取り付けてくれた。街角で10分ほど待っていたら前からもう一台のリキシャがやってきた。大丈夫かなって後部座席をヒョイと覗くと、ビール中瓶を美味しそうに口飲みしているSちゃん発見。どこまでも自由なのねあなた。
そこから何故か、チャイはリキシャを路肩に置いて私たちはもう一台のリキシャに乗り込んだ。後部座席で3人でキュウキュウになって座り、リキシャが動きだす。ここからは、Sちゃんのビールを3人で回し飲みしつつやたらハイテンションに騒ぎながら街中を走り抜ける。
酔っ払って絡んでくるチャイを巧みに交わしながら素朴な疑問をいくつか投げかけてみた。「あの店の軒下にぶら下がってる肉の塊は、牛肉だよね?ヒンズー教徒は牛肉を食べないでしょ。あんなことして喧嘩にならないの?」ふと素に戻ったチャイが淡々と答える。「喧嘩になんてならないよ。マサラだからね。ここにはカトリック、イスラム教、ヒンズー教徒が混ざり合って住んでるけど、みんな仲良く暮らしてるよ」マサラとは、混ざり合うという意味なんだって。
宗教戦争という風な言葉がある。時には考え方の違いがあって争いになってしまう時もあるけど、実際は異宗教同士は常に戦っているわけではなく助け合っている部分もたくさんあるんだって。歴史の中でも、そうやって支え合ってきた異宗教同士の文化もあるみたい。話で聞くだけでなく、こうやって実際に仲良くしている場所に来れたことは大きい。宗教は争いの元…必ずしもそういう訳ではないんだね。それだけで、何だか世界が違って見える気がしたよ。
出航時間ギリギリに、リキシャは港に滑り込んだ。少し寂しそうな表情を浮かべたふたりのインド人とぎゅっとハグをしてお別れをした。「また、戻ってくるよね?」そんな問いかけに、大きく頷く。きっとまた戻ってくるよ。インド人観光、なかなか楽しかったし。
船に戻ってから出航するまでの間、デッキで街の灯りを眺めながら今日一日を振り返っていた。街からはイスラムのコーランの音楽が聞こえてくる。
今朝、入港の際に船の上から見えた景色は、インドの古い街を囲む大きな木々や、その中に見え隠れする教会とモスク。目で見たそのままのマサラを今日この国で、リアルに実感できたことに心から感謝。
夜の街灯りを横目にゆっくりと動きだす船。コーランの音楽はふわりと風に包まれて、心地よさを残したまま街の方へと消えていった。